良き「官能的評価」がもたらされるための条件(論文「「官能的評価」から考えた精神科治療論 ~いかに抗うつ薬を、服み効かせるか~」より)

次に、良き「官能的評価」がもたらされるための条件とはどのようなものか、以下に列挙してみたい。

 

1)精神科医・患者がお互いに信頼し合っていること

臨床の場は、真剣勝負の場である。ここには、精神科医・患者各々に、「処方する覚悟」「服薬する覚悟」がなくてはならない。双方とも、治療に対し、腰が引けていてはいけない。精神科医は、患者から大切な身体を託されている。それは精神科医が薬物療法の専門家であり、これまでに数多くの処方を担ってきた経験が患者の信頼を受けているからに他ならない。精神科医は懸命に考え模索し、良き結果に導けるという自信が持てぬのなら、処方を敢行すべきではない。また患者は、精神科医からの治療的説明に心底納得し、その治療におけるいかなる結果も自らの身体で受け止めようという構えが作れないのなら、服薬に及ぶべきではない。

例えば治療の途上で、患者が「薬漬けにされている」などと被害感を露わにする場合、その治療は破綻しているといえよう。それは、精神科医が患者の心底からの納得を得る努力を怠り、スタンドプレーを行ったか、患者が精神科医からの説明を理解・納得しようとしないまま、漫然としたまま服薬に及んだか、そのいずれかだからである。治療主導者である精神科医の治療上の責任は無論大きいが、一緒に”治療共同体”を成す患者にも、応分の責任はあると了解されるべきであろう。

また一方で患者には、精神科医や精神科薬物に依存し続けることへの恐れがある。その恐れはもっともであるが、一旦、精神科医や薬物に身を委ねないことには、最終的に目指す状態に導いていけない場合があることを伝える必要がある。そんなとき、私は「自転車に初めて乗る子供の例え」を出す。「今のあなたは、初めて自転車を漕ぎ出そうとする子供に似ている。最初、子供は一人で自転車に乗れない。そこで父が後ろ支えをしてくれる。子供は父の支えのもと走り出すが、しばらくして父が手を放すと、パタリと倒れる。支え、放つとまた、パタリと倒れ。それを何度も繰り返していくうちに、やがてひとりでにスッーと走り出すときが来る。子供が振り返ると、もうそこに父はいない。ふと脳裏をかすめる恐れ、しかし同時に湧き上がる喜び。いくらか時間が経つと、かつて父が後ろ支えをしてくれていたことを忘れてしまったかのように、子供が自由に自転車を走らせるようになる。ここでの”父”とはすなわち、私(精神科医)であり、その私が処方した薬物のことである。ひとたびあなたは、その力を借りなければならないが、いずれそのことが自然に忘れ去られていくような経過こそ、精神科治療の理想である」と。

 

2)患者が、さまざまな先行情報に惑わされないこと

患者が世の中のありとあらゆる雑多な健康情報に翻弄され、その混乱を臨床の場にも持ち込むということがままある。情報の取捨選択は、患者自身が、あくまで自らの身体感覚を参照枠として、自分の視座でもって行うべきものである。

 

3)患者の身体感覚が優れていること

患者が自らの身体のホメオスタシスがどういうものか分かっていると、薬物がもたらす身体への良き響きも悪しき響きも、ニュートラルに判定できる。

 

4)患者が、自らの身体感覚を言葉に出来る(言語化能力に長けている)

ここで患者に必要なのは論理力ではない。精神科医の身体に響かせ、深く納得させるような「官能的評価」を紡ぎ出す力である。

 

5)精神科医自身も身体感覚に優れ、患者の「官能的評価」をうまく掬い取れること

これまでに、患者の言葉が「腑に落ちた」体験を、数多く持っている精神科医であることが重要である。そして精神科医は、その患者の発する「官能的評価」がかなり独特なものであっても、唾棄せず、そのまま受け止めることができる(その場では、理解できなくとも、一旦棚上げにしておける)ことも重要である。このような精神科医であるなら、自らの身体をモニタリングしながら納得した患者の言葉から、治療における回答を導き出せる。

 

6)精神科医・患者とも、患者の身体が今後目指すべきベクトルを理解していること

薬物処方は精神科医が主導するにせよ、精神科医・患者の織りなす共同作品である。そこでは、患者の身体を舞台として精神科医の演出・独創性が活かされて、患者の身体構造が「楽」になる方へ流れていくための提案が為される。そのような時、精神科医は投薬にあたり、患者の身体が今後目指すべきベクトルを指し示し、導いてゆくことができる。患者もまた、精神科医の指し示すベクトルを納得・承認し、安心して服薬を開始できるのが理想である。

 熊木徹夫(あいち熊木クリニック<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>:TEL: 0561-75-5707: https://www.dr-kumaki.net/ )

<※参考>

そもそも身体感覚の鈍い人とは(論文「「官能的評価」から考えた精神科治療論 ~いかに抗うつ薬を、服み効かせるか~」より)

”主客”の共鳴から生まれる「官能的評価」(論文「「官能的評価」から考えた精神科治療論 ~いかに抗うつ薬を、服み効かせるか~」より)

”服み心地”と「官能的評価」の違い(論文「「官能的評価」から考えた精神科治療論 ~いかに抗うつ薬を、服み効かせるか~」より)

『精神科薬物の官能的評価 〜精神科医と患者、主観の架け橋〜』 

実際臨床における「官能的評価」の炙りだし方

特報(7) 『精神科のくすりを語ろう・その2』おたよりメールのご紹介。~官能的評価は<生きのいい魚>~