汚言症 について

2019年11月13日

トゥレット症候群における「汚言症」は、無意識の産物か|「空気は読めるが、あえて壊す」タブー侵犯がもたらすもの

私はかつて、重症チック症・多発性チック症(および、トゥレット症候群・どもり(吃音症)・抜毛癖(抜毛症・トリコチロマニア)・爪かみ・歯ぎしり・貧乏ゆすり)の薬物療法(漢方薬・精神科薬物)という一文を書いたのですが、この反響が大変大きく、これまでこれを読んで随分多くの方が、あいち熊木クリニックを訪ねられました。(遠いところでは、なんと秋田の方が、トゥレット障害の薬物治療のため、現在も通院されています)

ここでは、重症チック症・トゥレット症候群に伴って、なぜか起こることが多い「汚言症」についての追考察を行うこととします。(注1:重症チック症・トゥレット症候群の方すべてに、「汚言症」があるわけではありません)

ちなみに、Wikipediaにある「汚言症」の定義は以下の通りです。

卑猥語や罵倒語(汚言、醜語、糞語、猥言、猥語)を不随意的に発する症状。コプロラリア(Coprolalia)、猥褻語多用癖。複雑音声チックの一種であり、チックの身体症状と同じく、突発的かつ急なリズムで繰り返される。その内容は人によって個人差がある。

平たく云うなら、世間的に汚い言葉や性的な言葉を繰り返して発する、ということです。
子供がふざけて言う場合は、これに当たりません。
”不随意的に(意識せず、の意)”とありますが、これについてはこれから厳密に論じたいところです。

チックについては、チックを持つ人自身が、よく次のように話します。

「これ(チック)は私たちにとって、いわば呼吸のようなもの。意識的・一時的に止めることはできるが、それは息を詰めることと同じような行為で、ずっと止めていると気が変になりそう。だから、緊張時の後のリラックスタイムに、どうしても激しく出てきてしまう」

なるほどこれはその通りで、割りとこれはどなたにも共通しています。
また、運動性チックであれ、音声チックであれ、同様のことがいえます。

では複雑音声チックの一種である「汚言症」についてはどうか。
これについてもやはり同じです。
どうしても”言わずにはおれない”のです。

しかし、他のチック症状と異なり、「汚言症」には何か特殊な感じが拭えません。
どうして、社会で強く忌避されている”汚言”ばかりを、取り立てて繰り返してしまうのか。
そしてその行為は、完全に”不随意的”(言い換えるなら、無意識的)なものなのか。

実際、さまざまなチック症状の中で、「汚言症」は比較的”後発性”のものです。
すなわち、患者さんの内界で、善悪良否がしっかり認識されはじめ、社会におけるタブーが暗黙のルールとして了解されてからのことだと考えられます。
もしこれがただの突発的な発語で、完全に無意識なものであるとするなら、寝言のような混沌としたものになるはずで、ことさら意味の分別が行われないはずです。

以下は、私の仮説です。

「汚言症」におけるタブー(禁忌)の侵犯は、実際のところ無意識的なものではないのではないか。
意識的・作為的とまではいわないまでも、少なくとも”前意識的”なものであるはずです。
トゥレット障害を含む発達障害の患者さんは、よく「空気が読めない」といわれるが、
この場合、空気が読めないのではなく、「空気は読めるが、あえて壊している」。
そこに彼らの潜在的な快楽があるのです。

彼らは、社会があらかじめ構成しているルールや予定調和がたまらなく嫌なのであり、それに抗う破壊的行動を選択せずにはいられない。
それはときに、暴力であったり、場に相応しくない笑いであったりする。
トゥレット障害でない子供が、”遊び”というかたちで懐柔するこういった衝動を、彼らはむき出しにします。

かつて「芸術は爆発だ」といった有名芸術家がいました。
天才的な芸術家のなかには、うちに湧き出でた着想を噴出させずにおけない人物がいるのです。
ある漫画家は「葬式で笑い転げずにいられない」と話していました。
しめやかに営まれるべき葬式の”常識”に付き従うことなどできない、ということでしょう。

このように、善悪良否という価値基盤から逸脱して超然としているのが彼らであり、
彼らのタブー侵犯の快楽が運悪く法を犯すことに結びついてしまったなら、犯罪に至る可能性もありえます。
しかし一方で、その抜きん出た着想が先述の芸術のみならず、
以下のようなところで開花する可能性も高いはずです。

  • スポーツ:通常では考えられないトリッキーなプレイができる人物がいる。歴史に名を残すあるサッカー選手は、ゴールまでの道筋が一瞥で見え、5人のブロックを軽やかにかわし、決定的ゴールを決めた。
  • お笑いなどの芸能:常識的思考の破壊が笑いをもたらすことを考えると、笑いと暴力は案外近いところにある。暴力的描写に革命をもたらしたある映画監督は、一方で不世出のお笑い芸人である。
  • その他、天啓のような発明・発見を成し遂げる研究者や、パラダイムを変換し時代を抜本的に書き換えた起業家などにも、このような人は多い。

(注2:ここで、例に挙げたモデルの人物は、今回のテーマに大きなヒントをくれた人物ですが、彼らが実際にトゥレット障害であるかどうかは、今後しっかりした病跡学的検証を経なくてはなりません。それから、彼らの資質を称揚するつもりはあっても、貶める意図は毛頭ないので、あらかじめご了承願います。また犯罪などタブー侵犯行動との親和性についても触れましたが、トゥレット障害の患者さんの大多数が犯罪とは関係がないところで暮らしていることも、いうまでもないことであり、この点については改めて念押ししておきます)

ただ、ひとこと言い添えなくてはなりません。
彼らは確かに天才的で、傑物といえますが、彼らだけでは社会的成功は果たせません。
その陰に、これまた人並み外れた安定的・常識的な実践に徹することのできる人物がいてこそ、彼らの才能は花開くのです。

最後に、お子さんの汚言に悩まれているご父兄へ。
彼(彼女)は、ことあるごとに常識から逸脱した振る舞いを繰り返すでしょうが、自傷他害の危険に及ぶものはともかく、何でもその言動を抑えこんでいては、負のエネルギーを蓄積し、いたずらに”爆発”を誘発するだけでしょう。

そもそも「~するな」という禁止は、あまり治療的ではありません。
トゥレット障害の人はタブー侵犯が本能的なものとしてある、ということは前に記した通りです。
また、誰にとっても、「~するな」という禁止は、ほとんど抑止的効果をもたず、むしろ誘発的ですらあります。

例え話をしてみましょう。
今から、あなたにお伝えする以下のことに従って下さい。
・・・「今からあなたは・・・・・”マンゴー”のことを考えてはいけません」!
・・と言われたら、これまでマンゴーのことなぞ一片の考えも有していなかったあなたの脳裏に、マンゴーの絵が浮かび上がり、意識するまいとすればするほど、ますますマンゴーが居座ってしまうことでしょう。

難しいことではありますが、彼の行う突飛な言動については、ある程度の度量を持って迎え入れ、彼の”言い分”を一旦聞き入れてみましょう。
そこには、意外な理由が隠れていることが多いのです。

もっとも理屈だった説明が苦手な彼から、それを聞き出すのは容易なことではないでしょう。
しかしいつも潰されてばかりいる自分の立ち居振る舞いに、余裕を持って対してくれる”大人”が現れたなら、彼はそこに救いを求め、懸命に何かを伝えようとするでしょう。
そこで幼いうちに、数少ない理解者と遭遇出来た幸せ者は、自らの羽を羽ばたかせ、誰も遭遇し得なかった事柄に行き当たることができるのだ、と私は信じるのですが、いかがでしょうか。

<※参考>

『自宅で暴れまわる我が子』 (「発達障害」<ADHD/アスペルガー症候群など>についての臨床相談)

重症チック症・多発性チック症(および、トゥレット症候群・どもり(吃音症)・抜毛癖(抜毛症・トリコチロマニア)・爪かみ・歯ぎしり・貧乏ゆすり)の薬物療法(漢方薬・精神科薬物)

「歯ぎしり・顎関節症」についてのQ&A・・精神科医からの見立て

夜尿症(遺尿症)・・・あいち熊木クリニックの漢方治療・精神科的治療


『警察が私を陥れようとする!』 (「パラノイア」についての臨床相談)

「ビルに飛行機をぶつけたの、あれは私の叔母の仕業です」

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