「ビルに飛行機をぶつけたの、あれは私の叔母の仕業です」

2019年10月19日

こんにちは、熊木です。

 

前回から、メールマガジン「精神科治療の鬼」で、

水谷先生の新シリーズ「トラウマについて」が始まりましたが、

それに不随して、私も思い起こしたことをいくつか。

あいち熊木クリニックは、愛知県日進市にありますが、

最近、その近辺で、男性がめった刺しにされ殺されるという、

むごたらしい事件がありました。

 

まずは、この方のご冥福を祈ります。

この件につき、当院にも思わぬ形で”波及”が見られました。

 

ずっと長期にわたり、通ってきてくれているAさんが、あまりの不安と恐怖で

眠れなくなった、というのです。

 

訊けば、非常に身近なところで起きた事件で、まったく人ごとではないという。

 

目を血走らせて現れた彼は、確かにいつもの穏やかな彼ではない。

 

殺される、ということが、彼にとってのリアルになってしまっているのです。

 

神経の昂ぶりを抑える薬物を処方して、様子見としました。

 

うまく眠っていただけるといいのですが。

これに限らず、精神科にはとてもデリケートな人々が通っておられます。

 

これは、2001年9月12日のこと。

 

例のアメリカでの9.11.ビル爆破テロ事件翌日のことです。

 

私は、勤務先の病院の閉鎖病棟で、週に一度の診察をしていました。

 

そのとき、ある患者さんが、診察室に入室するなり、深々と頭を下げるのです。

「どうしたの?」

 

「先生、取り返しのつかないことをしてしまいました」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「昨日、ビルに飛行機をぶつけたの、あれは私の叔母の仕業です。

 

私が目を離していたばっかりに・・」

 

「・・・」

この後、同じような内容の妄想を語る患者さんが、さらに二人ほどおりました。

このインタビュー内容を病院外の人が聞けば、

思わず吹き出してしまうかもしれませんが、

本人たちは、いたって真面目なのです。

 

これは病棟内に措かれているTVで、何度も流されるショッキングな映像に

感化を受けてしまったものと思われます。

ある種の患者さんにとって、TVで流される報道は、

自身の内深くに侵入してくる”悪夢”であり、

これは夢か現実か分からなくなります。

 

そこに自責的な意味づけがなされ、このような妄想が構築されてしまうのです。

 

同様のことは、東日本大震災の津波をの映像をめぐっても、起こりました。

このように、私の近辺をざっと見渡してみただけでも、

トラウマをめぐる状況が錯綜としており、

一筋縄ではいかないことがよく分かります。

 

患者さんの心的現実に寄り添うのが臨床家の役割、

しかしながら、あまりに肩入れすると、実社会との折り合いが難しくなる。

 

私自身、常日頃思い悩むことだけに、

これからの水谷先生のトラウマ論の展開は、非常に興味深いのです。

熊木徹夫

(あいち熊木クリニック

<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>

:TEL: 0561-75-5707: https://www.dr-kumaki.net/ )

<※参考>

『自宅で暴れまわる我が子』 (「発達障害」<ADHD/アスペルガー症候群など>についての臨床相談)

重症チック症・多発性チック症(および、トゥレット症候群・どもり(吃音症)・抜毛癖(抜毛症・トリコチロマニア)・爪かみ・歯ぎしり・貧乏ゆすり)の薬物療法(漢方薬・精神科薬物)

「歯ぎしり・顎関節症」についてのQ&A・・精神科医からの見立て

夜尿症(遺尿症)・・・あいち熊木クリニックの漢方治療・精神科的治療

熊木による書籍紹介『自閉症スペクトラムの精神病理』内海健(医学書院)


『警察が私を陥れようとする!』 (「パラノイア」についての臨床相談)

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