依存症治療 について

2019年10月19日

依存症治療はもはや、「対高度資本主義社会」の様相を呈している

「アルコール依存症は、産業革命以降の産物」と言ったのは、確か、精神科医なだいなだであったと思う。
というのも、酒というものは元々自然が長時間かけて世にもたらす高価なものであり、一般人が日々の生活でそうそう口にできる物ではなかった。産業革命により、アルコールが工場で大量生産されるようになってから、一般人の日常生活に入り込むようになり、歯止めがかからなくなった。そこで昼間からでも、アルコールに耽溺する人が発生してきたというのだ。

さらにいうなら、資本者側の思惑もそこに絡んでくる。酒を作る資本家や飲食業界では儲けを生むために、意図的にアルコール漬けの人々を作り出そうとする。そのためバンバンTVのCMが打たれたりする。

また他ならぬ工場勤めの労働者も、映画『モダン・タイムズ』で揶揄されたように、機械やシステムの一部となり、そのため人間的な独自判断や逡巡が許されなくなる。その憂さを晴らすため、勤務を追えると酒場に繰り出し、くだを巻く。実はこれも資本家にとっては織り込み済みの行動であるのかもしれない。

このような事情は、何もアルコール依存症に限ったことではない。
例えば、パチンコ(スロット)依存症。A県にある有名な企業城下町では、大きな工場の出入り口付近に、必ず巨大パチンコ店がある。さらにはその横に、消費者金融のショップがひしめいている。
工場から出てきた労働者は、手近な遊興施設として、これらのパチンコ店に入り浸る。

そもそも、先輩・同輩にもパチンコを趣味とする者が圧倒的に多い。
このような環境では、パチンコをしないことの方がむしろ難しい。

あいち熊木クリニックおよびギャンブル依存症研究所に通院されているパチンコ(スロット)依存症患者さんも、この付近に住む人が非常に多い。
実はこの町、日本一のパチンコ店密度を誇っている。
この町出自のある大手パチンコ店は、この町を代表する企業が取り組んでいるモータースポーツに協賛し多額の出資も行っている。すなわち、パチンコ(スロット)依存症者は何も偶然生まれたものではなく、大きな資本システムの一環を成しているのだ。

そもそも高度資本主義は、資本家がすでに満ち足りた環境にある一般消費者の欲望を喚起し、大量消費を引き起こすことで成り立っている。
日々のTV・CMにおいて、目新しい商品が怒濤のごとく押し出されてくる。あまりの新商品の数々に、目眩がしそうである。

そのなかで、一般消費者は、ほんのごく一部気に止まった商品を店で手に取り(あるいは、インターネット検索をし)、ためらいながら購入に踏み切る。ゆえに、自社商品が認知されて、新規顧客を作り出すまでに、どの会社も気が遠くなるほどの巨費を投じている。

そんな状況で資本家にとり一番望ましいこと。
それは”ひいき客”を作り出すことである。
彼らは、一度ひいきにした商品は、宣伝によらずとも、繰り返し購入する。

しかし、もっと有効に消費者を商品に惹きつけておく手段がある。
それは”●●(商品・サービス)の依存症にすること”である。

「●●なしでは生きていけない」という消費者がたくさん生じる状況は、資本家にとり極めて魅惑的な状況であり、一方消費者側にとってはひどい悪夢である。このような構造はもちろん、おおっぴらにはされないが、”マイルドな依存環境”の構築は着々と進められている。

コンビニエンス・ストア。確かに”便利な店”である。
日本発祥のこの”現代のよろず屋”のチェーンは、いまや社会のインフラであるかのように、日本中くま無く張り巡らされている。おまけに、おおむね年中無休24時間開店、ときている。
この便利さに背を向けることは、もはやかなり難しいことになってきている。まるで誘蛾灯のように、人々はコンビニに吸い寄せられ、なぜか”もう一つの家”に戻ってきたかのように、そこで和むことさえある。

摂食障害といわれる精神疾患、そのなかに神経性大食症(別名:過食症)がある。
もともとダイエットに端を発し、そのダイエットが行き過ぎて、遂には堰を切ったようにリバウンドが起こる。
猛烈な過食が止まらなくなり、やがては体重増加を抑止するため、誘発嘔吐(一般的には、手を口に突っ込んで吐く)を行うようになる。

そして過食嘔吐の繰り返し。それが延々続く。
すなわちこれは、過食や嘔吐といった食行動の依存症ともいえる。
主に若い女性に見られるが、彼女たちがあちこちでコンビニを目にすることは、まるで地獄からの誘いを受けているようなものである。そこにいけば、彼女たちが決して口にしないと心に決めているものの喉から手が出るほど渇望しているポテトチップスやフライドチキンが山のように盛られている。それもかなり安価で四六時中…。

コンビニが過食症の原因とまではいわないが、過食症の引き金、または促進因子の役割を果たしているのは間違いない。

このように、資本家にとり依存症者は”上顧客”である。
それだから、資本主義があたりまえの現代日本では、依存症者の発生が後を絶たない。

最近、我々精神科医をとりわけ悩ませているのは、スマートフォン(スマホ)依存症・インターネットゲーム依存症である。

ユビキタス(遍在)社会は遂にここまで来た。対象は、老若男女問わず。
今の時代は誰もが、いつでもどこでもあらゆる情報にアクセスできるスマホという夢のツールが持ち歩ける。仮に日常社会に背を向けて、自室に引きこもっても、スマホは唯一の社会への窓口となり、どんな欲望にも応えてくれる。

これは、高度資本主義を達成するための究極のプラットフォームだ。
またスマホは、実社会とは別の”裏コミュニケーション・ツール”として機能しているため、そう簡単に追放することはかなわない。

それゆえに”スマホ断ち”を患者さんに強いることは極めて難しい。
ギャンブル依存症ならば、行き着く先が破産なので、それに巻き込まれることを避けたい一族郎党から強いブレーキがかけられることも期待できるし、患者さん自身も自重する可能性があるが、スマホだとそうはいかない。患者さん・家族にもスマホを追放するための強いモチベーションが働かないのだ。

ギャンブル依存症治療に長らく従事する私とて、現在のところ、スマホ依存症の妙案は浮かばない。
依存症治療をゲームになぞらえるなら、これは”ラスボス(戦闘ゲームの最後に出てくる、簡単に倒れない敵キャラクターのこと)”なのかもしれない。

このように、依存症治療は「対高度資本主義社会」の様相を呈している。

もとはといえば、依存症に陥る個人は自尊感情の低落を抱えていることが多く、その”こころのスキマ”に忍び寄る数々の誘惑に抗しきれない。
近頃は、社会全体で「自己責任」という言葉がよく使われ、自己管理の甘さが指弾されるようになってきているため、このような”社会的弱者”は肩をすぼめて生きるしかない。

しかし時には、依存症者が産み落とされるメカニズムをマクロの視点から見る必要があり、それを指摘し、政治的にも構造の変革を考慮する必要がある。
日頃、小さな精神科診察室で、引きも切らず訪れる依存症者たちに対峙していると、ため息をつきながら、痛切に感じることである。

<※参考>

摂食障害(過食症および拒食症<神経性大食症および神経性無食欲症>)治療のキモ ~ただのダイエットでは済まない、あなたのために~

美の競演のうちに潜む摂食障害(拒食症と過食症)

「現代型・自尊感情の低落」とは何か ~摂食障害(過食症・拒食症)・醜形恐怖症・自己臭恐怖症治療から見えてくるもの~

醜形恐怖症(醜貌恐怖症・身体醜形障害)治療から垣間見える、女性のナルシシズム生成の危うさ  ~鏡と化粧の意味~

現代の美の”魔術師”美容整形外科医自身が、醜形恐怖症(醜貌恐怖症・身体醜形障害)になった理由 ~美しくても逃れられない、女性ナルシシズム由来の苦しみ~

トップアイドルという苦悩と憂鬱 (精神科医・熊木徹夫の公開人生相談)

『クローゼットから溢れる洋服』 (「買い物依存症」についての臨床相談)

『死んでしまいたいくらい、寂しくて寂しくて』 (<自尊感情が低落している方>への臨床相談)

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