書評『コンビニ人間』村田 沙耶香(文藝春秋)

2019年10月18日

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珍しく、話題になったばかりの芥川賞受賞作を読んでみた。

コンビニだけに繊細に適応してきた主人公は、世間的には常識外れの人物だが、彼女自身そのことがなかなか了解できない。
かといって、そこで居直るでなく、コンビニという世界における”正常化”の波によって排除されないよう、懸命に秩序正しく生きている。
その彼女が、恋愛・結婚・就業という世間的常識に取り込もうとする周囲の男女、また歪んだ自尊感情のみ温め自閉的・廃絶的に生きている青年とからんでいくうちに、何が正常かが分からなくなっていく。
コンビニというドメスティックな秩序で構成される小社会は、よく社会的批評の対象になるが、そのコンビニのインサイダー目線で、そこから定点観測のように眺めるとこんな異世界が見える、という展開が非常におもしろい。

本書を読んで、私が幼少期に読んで瞠目した、晩年期トルストイの名作小品『イワンのばか』を想起した。
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どちらもイノセントな主人公が語る奇天烈な話に耳を傾けているうちに、本当に倒錯しているのは誰なのか分からなくなるという意味で、とても痛快かつ考えさせられる小説だ。

最後に、少し野暮ではあるが、精神医学的考察を少し。
『コンビニ人間』の主人公は、こんにちでいうアスペルガー症候群を感じさせる人で、世間で言う当たり前がなかなか通用しない。でも一所懸命、世間と摺り合わせようと尽力している。作者の村田氏はしっかり人物造形をされる人だそうだから、彼女=主人公ではないだろう。アスペルガー症候群のことを何も知らず、このような人物像を作り上げたのだとしたら、驚異的な想像力である。
本書は、日頃KYな人として敬遠されがちなアスペルガー症候群の”実はとても豊かな世界”を垣間見ることができる小説だ、ということもできる。

熊木徹夫(あいち熊木クリニック<心療内科・漢方外来>/〒470-0136  愛知県日進市竹ノ山2-1321/TEL:0561-75-5707/ www.dr-kumaki.net/ )

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