主治医を好きになったOL <精神科医熊木徹夫の「臨床Q&A」(3)>

2019年10月19日

:私は23歳の独身OLですが、「うつ病」で今精神科にかかっています。

ところが病気以外でとても大変な悩みを抱えてしまいました。
担当の先生のこと、好きになってしまったのです。

先生は32歳、独身です。
私から告白したのですが、先生は「君を好きにさせてしまった僕に責任があるから、僕がなんとかする」と返事をくれました。

それから何度かデートを重ね、とうとう深い仲になってしまいました。
いまでは先生を思わない時間はなく、病気がなおってしまうことを密かに恐れるようにまでなってしまいました。

今後どうしたらいいのでしょう。
先生は「先のことなんて考えなくていい」というのですが。そもそも先生を好きになった私がいけないのでしょうか。

:まったくもって困ったことですね。

妙齢の男女がそれぞれ好きになったのだし、それもお互い独身なのだから、「構うことはない、愛を貫き通しなさい」なんて言えればいいのですが、やはりそうはいかないのです。

ところで、あなたはきっと“普通”に先生を好きになったのでしょうが、それは本当に”普通”の恋愛だったのでしょうか。

好きになった今となっては、その当時のことを省みることはできないでしょう。
しかしもし、あなたがその主治医に初めて会ったとき、病院で白衣を身にまとってたたずんでいなかったら、コンビニでよれよれのTシャツにジーンズといった出で立ちで、ボッーと雑誌なんか読んでいたのだったら、それでも彼を好きになっていたでしょうか。

病院という特殊な環境で、白衣という権威の象徴を目にしたとき、その頼もしき異性の精神科医に
恋心に似た気持ちを抱くようになることは実はそう珍しいことではありません。

患者さんが医師などにある感情を抱くことを、精神医学の現場では「転移」と呼んでいます(特にそれが好意であるならば「陽性転移」、悪意の場合は「陰性転移」といいます)。

「転移」は、過去にその患者さんが関わった重要人物のうちにあった何らかの要素が投影されているのだ、と精神分析などでは説明しています(ここら辺は少し難しいので分からなくてもいいです)。

あなたの純粋な恋心に、精神医学的な説明を加えるなんて、まったく無粋の極みです。
だが、この件については無邪気なまま放置しておくと、治療関係がこじれて、にっちもさっちもいかなくなります(現にもうなっているようです)。

問題はあなたにあるのではなく、もちろんこの主治医の側にあります。

この医師が「転移」という事態を知識として知らなければ、不勉強のそしりを免れません。
そして仮に、「転移」を知っていて現状の問題に対しても自覚的であるにもかかわらず、改めようとしないのであれば、大変な悪意の持ち主だといえます。
いずれにせよ、ろくなヤツではありません。

患者さんの側に「転移」が起こることはしばしば不可避ではありますが、精神科医の中にもそれとなく“誘惑”するような不届き者がいるかもしれません。

でももし良心的な精神科医なら、まず“誘惑”的な仕掛けはしないでしょうし、もし患者さんの告白を受けてしまっても、冷静に次のように諭すのではないでしょうか。
「あなたの好意はとてもうれしいが、付き合うとかそういったことはできない。それは治療関係という特殊な環境だからこそ芽生えたものだということに、あなたも気づいてほしい。白衣を着た私でなく、コンビニで雑誌のページをめくる私にあったなら、きっと“ただのアンちゃん”だとしか見えなかったでしょう(笑)」

あなたとこのようになし崩しの関係を形成し、これで“責任”を果たしていると考えるこの医師の現実認識はとてもいびつなものですし、今後信頼関係を作っていけるとは到底思えません。
欲望のおもむくまま(?)にあなたを利用している、そんな感じさえしてきます。

残念ですが、あなたは“事故”に遭われたのです。
そしてそれを救えるのは他の精神科医(とは限りませんが)であって、今の主治医では決してないのです。なんとしても、ここから抜け出なければなりません。

この関係を解消するのはなかなか容易なことではありませんが、こんな悩みを抱えた方たちも少なからずいることは事実。インターネットで悩み相談している場所へ行って、“自助グループ”に入ってみるのもいいかもしれません。
ご健闘、お祈りしています。

そして、これを読んでいる皆さんへ。
私がいうのも何ですが、このような不埒な精神科医はそう多くありません。

しかし、不埒な精神科医は“累犯者”であることが多く、このような”不幸な話”はなかなか後を絶ちません。ただ、誠実に業務を遂行しようと日夜がんばっている良心的な精神科医が大多数を占めています。
そのことを信じてほしいと思います。

<※参考>

泌尿器科・性にまつわること ~『精神科のくすりを語ろう~患者からみた官能的評価ハンドブック~』(日本評論社)より~


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