PMS(生理前症候群・月経前症候群)について

2019年10月19日

PMS(生理前症候群/月経前症候群)をめぐる男女間のパートナーシップ

あなたは、PMS(Premenstrual Syndrome)をご存知だろうか。
日本語では、生理前症候群(月経前症候群)という。
症状は、実に多岐にわたる。
以下に、挙げてみることにしたい。

*()内はPMSの症状

1:精神症状。心療内科で対応可能なもの
イライラ(焦燥感)・精神不安定・攻撃性、食欲増加(特に甘い物)・体重増加、うつ状態(特に朝うつ)・不眠(入眠困難・中途覚醒)・過眠・集中力低下・無気力・疲労感・倦怠感(だるい)、頭痛・肩こり・頭重感・眼痛
など

2:漢方薬治療で対応可能なもの
腹痛・腹部膨満・胸部苦悶・胸部痛・動悸・のぼせ・めまい・貧血(立ちくらみ)・肌荒れ・ニキビ・唇の荒れ・口内炎・目の腫れ・歯茎の腫れ・むくみ・皮膚のかゆみ・微熱・風邪様症状・排便痛・排尿痛
下痢傾向・放屁(オナラ)など

このような症状を、閉経に至るまでの女性の全員が持っているわけではないが、実際のPMSの有病率は相当なものだと推察される。
というのも、当院に来院しているPMSを主訴としない女性に対し、初診時のルーチンとして、PMSの有無を確認すると、かなりの確率でPMSがあることが判明するからだ。

このような悩みを数十年にわたり抱え続ける女性の苦しみの深さは、いかほどのものか、男性医師である私には想像しがたいものがある。

しかし一方で、これだけの悩みの元となる生理自体がやってこないと、大層不安になる女性も相当多い。
子供を産みたい女性にとり、生理がないことにはそれがかなわないのであるから、不安になるのは当然のことである。

ところが、子供を欲するか否かに関わらず、生理がないということが女性としてのアイデンティティを揺るがすほどのものとなる場合も少なくない。
すなわち女性たちは、女性に生まれついたなら不可避な生理という”月ごとのイベント”を疎ましく思う一方、それがなくては非常に心もとなくなるのだ。
いわば、「生理に対するアンビバレント」といえよう。

このように女性自身が、自らの生理を持て余している様子が伺える。
だが、この生理およびPMSについて、どう受け入れるべきかさらに混乱しているのが、現代の男性(および男性社会)だ。

生理前に多くの女性が気分変調を来し、イライラするようになることは、これまでにも知られてきた。
それゆえ、気が立っている女性に対し、「もうすぐ生理なんじゃないの」と揶揄するような男性が少なからずいた時代も、そう遠くない過去にあった。
しかし、周知の通り、そのような発言は、現代社会ではセクシャル・ハラスメント(セクハラ)として取り扱われ、指弾される。

さらに困ったことには、会社などのオフィシャルな場ではなく、家庭のようなプライベートな場においても、このルールは適用されるようになってきているということだ。
すなわち、PMSでイライラぶりを周囲に放散している妻に対し、夫が「もうすぐ生理なんじゃないの」ということも憚られるようになってきているのだ。
その発言がセクハラかどうかは、”被害者”側の女性が認定することになっているから、どういう”判定”をするかは妻の専権事項である。
さすがに、あからさまな揶揄や侮辱でなく、同情や心配に基づく発言であるなら、セクハラとは考えられにくいが、それもどのように解釈されるか分からない。
ゆえに、夫もPMSについてどう関わるか、戦々恐々としているのである。

そういった状況がある一方で、女性の月ごとの”イベント”として、男女ともども隠微に取り扱われてきたPMSが、各種メディアで大々的に取り扱われるようになり、PMSは病院やクリニックで治すべき疾患に、立派に”昇格”した。
女性誌などでは特集が組まれるほどである。
それゆえ、女性が自らのPMSを自覚し告白することが、特段恥ずかしいことではなくなってきた。
(例えば、あいち熊木クリニックは心療内科であるが、漢方外来があるためか、このところPMSの治療希望で来院する女性たちが後を絶たない。
実際に、漢方でPMS治療に有用なものが数多く知られているが、それ以外にもSSRIや感情調整薬といった薬物で、非常に効果を発揮する薬物も少なくなく、PMSについては恐らく婦人科についで心療内科が多くの治療を手がけているだろう)

こういったことは、全般的にいいことであろう。
PMSに社会的関心が向けられてきたために、治療自体も進歩を遂げてきている。
一昔前なら、このようなことに向精神薬が奏功するなんて、女性たちは考えもしなかっただろう。
適切な薬物が適切に使われて楽な人が増えてきている現状が、悪いはずがない。

しかし、たとえ夫であっても、イライラが止まらない妻に対し「ひょっとしてPMSなのではないか。一度心療内科(婦人科)へ行った方がいいのではないか」などと簡単にアドバイスすることができない。
セクハラ問題とからみ、このような話題は夫婦といえどタブーになりつつあるからだ。
(妻の方から夫にPMSの話題を持ちかけ、協力を求めるというなら、話は別だ。
その場合、むしろ友好的関係が形成できるだろう)
場合によっては、「そもそも私がイライラしているのは、あなたのせい。それを棚上げして、私を病気呼ばわりするなんて」と、妻を激昂させることもありうる。

また、なかにはPMSによる精神不安定が度外れで、家庭内で暴力を振るう妻も居たりする。
その場合、たとえそれがどれほどの問題行動であったとしても、夫婦間でPMSがアンタッチャブルな事柄であるがために、PMSがまるで”免罪符”のように機能し、夫が妻をコントロールしあぐねているような話も伝え聞く。

このように、非常にデリケートな問題であるPMSだが、
1)まずは、女性側がPMSについて自意識を持つこと
2)それを受けて、男性側もPMSを理解するように努めること
により、いたずらにパートナー関係を複雑化したり、双方の対立の溝を深めたりすることを防ぎうるのではないだろうか。

<※参考>

泌尿器科・性にまつわること ~『精神科のくすりを語ろう~患者からみた官能的評価ハンドブック~』(日本評論社)より~

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主治医を好きになったOL <精神科医熊木徹夫の「臨床Q&A」(3)>

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