チック症 について
重症チック症・多発性チック症|および、トゥレット症候群・どもり(吃音症)・抜毛癖(抜毛症・トリコチロマニア)・爪かみ・歯ぎしり・貧乏ゆすり の薬物療法(漢方薬・精神科薬物)
1:はじめに
近頃、あいち熊木クリニックにおいても、さまざまなチック症の患者さんが訪れています。
当院は児童精神科ではありませんから、当初はその旨お伝えし、お引き受けしないようにしていたのです。
しかし、「ほうぼうの小児科・児童精神科を回り、どうしても治らないので、なんとかして欲しい」といった切実な事情を抱えた親御さんが数人おられたので、これまで他のタイプの患者さんで用いていた治療を応用し、チック症制御のための薬物治療において、あまたの試行錯誤を繰り返したところ、徐々に手応えをつかめてくるようになりました。
また寛解する患者さんが増えるにつけ、口コミがたったせいか、そういった患者さんたちのお知り合いが紹介されてくることも多くなりました。
ここでは、これまでの治療経験で私が得た幾ばくかの知識・洞察を覚書き的にまとめることとします。読んで戴いた方にとって、何らかのヒントとなることを期待するものです。
2:チック症とは何か
チック症とは「ある限局した一定の筋肉群に、突発的、無目的に、しかも不随意に(つまり、思いもよらず)急速な運動や発声が起きるもの」です。
おおよそ3~4歳の幼児期から始まり、7~8歳の学童期に一番多く(ピーク)みられます。
女児に較べ、男児に多い傾向にあります(約3倍)。
発症要因はまだはっきりしていませんが、これまでの多くの研究から、脳の線状体付近が障害され、その結果ドパミン系神経の過活動が起こっているのではないか、と推測されています。
従来、母子関係の問題が大きな原因であるという説がありましたが、現在では、身体因・遺伝因が大きいとする説が有力視されてきています。
ただ環境によっては、症状の悪化を招く可能性も否定はできません。
3:チック症を起こしやすい子とは
私個人の印象では、チック症を起こしやすい子は、“デリケートで、対人関係において不器用”であることが多いです。
これが先天的なもの(生まれつき)なのか、後天的なもの(生育過程で作られてきたもの)なのか、よくわからないところです。
ただし、トゥレット症候群(後述)の人は、音感・リズム感がよかったり、運動神経が良かったりすることが多い、といわれます。
対人関係以外ではむしろ器用なこともある、と言えそうです。
またチック症は、学習障害や注意欠陥多動性障害など発達障害を合併することもままあります。
4:運動性チック症と音声チック症
症状は、運動性チック症状と音声チック症状の大きく2つに分けることができます。
運動性チック症状
- まばたき(瞬目)
- 口すぼめ・口をゆがめる
- 鼻ならし
- 首振り・首ねじり
- 顔をしかめる
- 肩をぴくっと動かす・すぼめる
- 手を振る(上半身の運動チックが多いですが、以下のような下半身の運動チック症も散見されます)
- 飛び跳ね
- 足けり・足踏み
(※なお、「多発性運動チック症」もあります。上記のいくつかが、入れ替わり立ち替わり表現されるタイプです)
音声チック症状
- 咳払い
- 鋭く短い叫び声
- 奇声
- 汚言症(汚い言葉や性的な言葉(汚穢語)を繰り返す)
5:チック症の重症度
1年未満で自然消滅するものは「一過性チック症」で、実はこれがかなり多いです。
そのため、子供のチック症を見かけてもとりあえず「あまり気にせず、放置すればよい」というアドバイスが、あちこちで見られます。
一般的に、チック症の子供を叱責し、その症状に注意を促し、矯正しようとすることはよくありません。
子供が自分の症状に意識を集中すればするほど、症状悪化を招くとという悪循環にはまってしまいます。
私も、症状が軽く、低頻度のものであるなら、特に気にしないでいいと思います。
もう少し程度がひどいものでは、運動チックあるいは、音声チック症が1年以上続くものがあり、これが「慢性チック障害」です。
これも軽症の場合は、遊戯療法・行動療法・親へのカウンセリングだけで治るものもあります。
さらに、音声チック症と多発性運動チック症が同時に1年以上続くものを、一般的に「トゥレット症候群」などといいます。
私が「どうしても治らないので、なんとかして欲しい」と親御さんに泣きつかれたケースは、後の2つ(慢性チック障害・トゥレット症候群)のうち重症のもの、ということになります。
そして、私が薬物療法での援助の必要を強く感じるのも、そういったものです。
ちなみに、私が考える重症チック症とは、以下のようなものです。
重症チック症の指標
- 慢性化している(1年以上経過)
- 多発化している
- 汚言症がある
- 小学校高学年でも自然消退しない
- 精神療法および家族療法(母へのカウンセリングなど)を行っても奏功しない
6:チック症の精神病理的イメージ
ここからは、私熊木が思い描くチック症のイメージです。
チック症は“活火山の部分的噴火”のようなものだと考えています。
体の奥底に“マグマだまり”があって、ストレスを受け続けると、そこでマグマがグツグツ煮えたぎる。
そのストレスが飽和したときに、チック症という小爆発が起こってくる。
そうだとするなら、チック症というのはフラストレーション解消の代償法だとも言えるので、これをむりやり制御するのが、かえってチックの悪化につながるというのも理解できると思います。
さらに、多発性チック症というのはどのような状態か?
これはいわば“モグラたたき”です。
すなわち、「あちらをたたけば、こちらから出てくる」ことの繰り返しです。
はなばなしく多様なチック症が入れ替わり立ち代り出現するのは、“マグマだまり”からの圧力が強すぎて、最早制御不能になっていると考えられます。
これはまた、“怒りの別表現”であるともいえます。
患者さん本人が、怒りを自覚することはあまりないのですが、無意識レベルで処理しきれない怒りが湧き上がってくる、そういう感じです。
実は、抜毛癖(抜毛症・トリコチロマニア)・爪かみ・歯ぎしりも、よく似た背景で起こってきます。
また、どもり(吃音症)にも共通点があります。(チック症もどもりも、部分的な筋肉の緊張が不随意に開放される発作のようなもの、という意味でよく似ている)
さらにいえば貧乏ゆすりも、体の奥底にある“マグマだまり”にからんだ症状といえます。(これはネーミングがよくありません。貧乏ゆすりというのは、“マグマだまり”からの小噴火をいなすための立派な対処行動で、これによりフラストレーションを上手に飼いならしているともいえます。むしろ治療で積極的に用いるべきものでしょう。ただし、これにも重症のものがあって、その場合やはり薬物が必要となります)
7:チック症の薬物療法
もっとも軽いチック症であれば、先述のとおり、治療の必要はありません。
またチック症の治療として、先述したように遊戯療法・行動療法・親へのカウンセリングなどが重要で、最初に試すべきなのは言うまでもありません。
ただ、成人や中高生の精神科治療が専門である私の元に来られた患者さん・ご家族が求めておられたのは、「薬物を用いてもいいから、なんとかしてほしい」ということでした。
そこで、私の考えるチック症の薬物療法についても、簡単に触れてみたいと思います。
私は、精神科医であり漢方医ですので、向精神薬(精神科薬物)全般と漢方薬全般を処方することができます。
治療目標は、精神内界の昂ぶりをうまく飼いならすこと(押さえ込むのではなく)、癖づいた行動パターンを解くことです。
みなさんもご存知のとおり、向精神薬には耐性が高まりやすく(1錠で効かなくなり、2錠になり、それがやがて3錠になり…)、依存性がつきやすい(やめるにやめられない)ものも多くあり、特に子供に対しては慎重な処方が求められます。
そのため、まず最初は漢方薬でスタートすることが多いです。
柴胡加竜骨牡蛎湯・黄連解毒湯・半夏厚朴湯・加味逍遙散・抑肝散加陳皮半夏…など選択肢は数多ありますが、どれも体質とのマッチングを考慮して処方しなくてはなりません。
でないと、やはり副作用は起こってきます。(「漢方には副作用はない」などと信じている方がいまだいらっしゃいますが、主作用があるものには当然副作用が伴う可能性があります)
また、漢方は体にマイルドに響くので、危険性は高くありませんが、その分、効きが若干鈍いです。
漢方だけで十分な効能が得られない場合、よりシャープな薬効が求められる場合、向精神薬を用います。
チック症に対しては、経験的にハロペリドール(商品名:セレネース・リントン)・リスペリドン(リスパダール)などの抗精神病薬少量が効くということが言われてきていますが、もっとさまざまなジャンルの薬剤に効果のあるものもあります。
しかし、いずれも決定打となるものはなく、その事実がチックの薬物治療を難しくしています。
いずれにせよ、一回の変薬で、ひとつの薬物を少量変動させるに留め、緻密に処方を組み立てていく必要があり、患者さん・精神科医ともども非常に忍耐を要する治療となります。
繰り返しますが、チック症に対しては薬物処方を行う前に、いろいろやらねばならないことがあります。
また重症チック症に対しては薬物処方の必要性があるというものの、決定的な治療法が確立しているわけではなく、粘り強い試行錯誤を要します。
この点につき、ご理解いただいた上で、当院での治療に関心がお有りの方は、初診予約をお奨めします。
できる限りのサポートをさせていただきます。
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貧乏ゆすりはチック症の代わり?|うんぷてんぷ : 精神科医・熊木徹夫に訊け!
<※参考>
『自宅で暴れまわる我が子』 (「発達障害」<ADHD/アスペルガー症候群など>についての臨床相談)
「歯ぎしり・顎関節症」についてのQ&A・・精神科医からの見立て
夜尿症(遺尿症)・・・あいち熊木クリニックの漢方治療・精神科的治療
熊木による書籍紹介『自閉症スペクトラムの精神病理』内海健(医学書院)