嘔吐恐怖症 について

2019年10月19日

それは「拒食症」ではなく「嘔吐恐怖症」です|嘔吐恐怖症 その原因と治療

あいち熊木クリニックの摂食障害外来に、「拒食症(神経性無食欲症)」として紹介されてくる患者さんの中に、一定数、拒食症とは異なる病態をもった方が存在しています。それは「嘔吐恐怖症」というものです。

両者は、表現形(症状の出し方)が非常に似ているため、その内実に触れずに診断を付けるならば、よく混同されるものなのです。その症状とは、「食べることを拒み、どんどんやせていく」ということです。
しかし、その理由を丹念に訊きだしていくと、大きな相違点が見られます。

拒食症の場合、まずは”何が何でもやせたい”という願望があり、それが実際には既にやせすぎている状態であったとしても、お構いなく、脳が「やせろ。食べるな」という指令を出し暴走を続けます。
拒食症は嗜癖(アディクション)の一種なのですが、嗜癖とは平たく言えば”快感が伴う癖”のことですので、”やせる(そして、きれいになる)”という快感を突き詰めてしまう疾患です。
すなわち、患者さんが表現する対処行動には、それが決して健全なものとはいえないにせよ、主体性(私がそうしたいからそうしているのだ、という自負)が保持されているといえます。

それに対し嘔吐恐怖症は、過去に嘔吐物(それは患者さん自身のものである場合もそうでない場合もある)を目にしたときに受けた強烈な嫌悪感・恐怖感がトリガーとなり、自らが吐瀉すること、または嘔吐物を見ること自体が恐い、さらに進むと嘔吐物をイメージするだけで耐えられないほどの辛さに襲われるといったものです。

もちろん、嘔吐につながりそうな状況からも徹底的に忌避します。すなわち自己飲酒、飲み屋での宴会への参加、ジェットコースター乗車、胃腸風邪をひいた人に近づくことなどです。
嘔吐物を忌避することに汲々するさまからは、主体的な行動選択というものは到底考えられず、ひたすら苦しみから回避・脱却することこそが、その言動の基盤となっていることが分かります。

嘔吐恐怖症は、嘔吐物に対する不潔恐怖に特化した強迫性障害の一種と考えられます。

通常、強迫性障害の治療においては、よく行動療法・暴露療法(嫌悪するもの・忌避するものに軽い程度触れさせることから始め、徐々に負荷を上げ、慣れを生じさせていくやり方)が採用されるのですが、この場合それらの療法を行いづらい。
というのも、嘔吐場面や嘔吐物に遭遇する状況を意図的に作り出すことは非常に難しく、さらに段階的に程度の重いものを体験させていくことなど不可能に近いからです。

嘔吐恐怖症においては、患者さんは”失った主体性の奪還”を志向しすぎるあまり、かえって主体的に振る舞うことができず、ますます自己束縛を強めていくという悪循環が起こりやすい。
それはまるで”蟻地獄”のようで、心身の自信を喪失した患者さんはどんどん弱く小さくなり、社会生活を送ることが難しくなっていきます。

そういった状況で、主体性の奪還など目指さず、自らの弱さをあるがままに受け入れ粛々と暮らしていくことの必要性を説いたのが、あの森田神経質で有名な精神科医・森田正馬です。
あいち熊木クリニックでは、森田療法は行っていませんが、神経症治療において有益と考えられるものは、精神療法(カウンセリング)の場において部分的にいくつもの要素を取り入れています

嘔吐恐怖症については、薬物療法も非常に有効です。その狙いは主に2つです。

  1. 吐き気自体を起こりにくくし、食生活全体に安定・安心をもたらす。
  2. 嘔吐に怯え萎縮を繰り返す思考の悪循環から自らを解き放ち、”なぜこんなことで怯えていたのだろう”と余裕を持って回顧できるようにする。

1については、一般的に胃腸薬といわれる薬物(漢方を含む)を適材適所で処方します。
2についてですが、強迫に効果をもたらす感情調整薬や抗うつ薬を用いると著効することがあります。
使える薬物は非常に多いのですが、その使い分けとなると、なかなか難しい。
私の提唱する「官能的評価」が必要となってくるのです。
ともかくも、まずは精神病理に基づいた正確な診断が治療のカギとなってきます。

これまでずっと「拒食症」と位置づけられてきたものの、どうも腑に落ちなかったというあなた。
嘔吐というものに漠然とした恐怖を抱いてきたことにこれまで気づけなかったあなた。
あいち熊木クリニックでの治療に興味がお有りのあなたには、初診予約をお奨めします。
できる限りのサポートをさせていただきます。

<※参考>

『トンネルに入りゆく恐怖』 (「パニック障害」についての臨床相談)

『体震わす電車運転士』 (「強迫神経症」についての臨床相談)

「もっと“だろう運転”しなくては」  ~強迫神経症者が抱える安全運転のジレンマ~

イップスの治療 ~競技人生、崖っぷちからの生還~


「セロクエル錠(クエチアピンフマル酸塩)で、 下痢型IBS(過敏性腸症候群)の症状が消えた」 という”ももさん”に対する回答 ・・(※IBS(過敏性腸症候群)についての、精神科薬物・漢方薬の小解説)

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