人はなぜ うつ病 になるのか

2019年11月13日

人は、八方塞がりの状況に”絶望”すると、その“瞬間”うつ病になる

これまで、かなり多くの精神疾患についてお話ししてきましたが、最もポピュラーである精神疾患「うつ病」について、述べたことがありませんでした。
というのも、TVや雑誌・マンガに至るまで、あまりに多くのメディアが取り上げすぎているためです。
それゆえ、この疾患については、社会である程度のコンセンサスは出来上がっているように思います。

しかしそれでも、うつ病について、まだ言い尽くされてしまってはいないように感じます。
そこで今回は私も、うつ病について取り上げてみたいと思います。
ただ、これまで語り尽くされた事柄の焼き直しではつまりません。
ちょっと違う角度から、うつ病を炙り出してみましょう。

人はなぜ、うつ病になるのか。
これについては、いろいろなことが言われてきました。

まずは、生来的な性格気質として、メランコリー親和型というものがあります。
真面目で几帳面、秩序愛があって、対人配慮にあふれ、自責的・内省的。
言い換えれば、”昔の模範的日本人像”とでもいえましょうか。
このような気質をもった人が、うつ病になりやすいとされ、そのようなタイプのうつ病を「メランコリー親和型うつ病」と呼ぶこともありました。
確かに、20年前に私が精神科医になった頃、このような人にはよく行き当たりました。
しかし、たった20年の間に、少なくとも都市部では”絶滅危惧種”になってきた感があります。

対して、最近よく取り上げられるようになってきたのが、ディスチミア親和型です。
これは、社会秩序に対し従順でなく、自己本位、他責的で対人配慮があまり見受けられない。
その昔、”新人類”といわれた人たちはこれに該当するでしょうし、また時代が下って、俗に「新型うつ病」と呼ばれたものは、この気質に由来するうつ病「ディスチミア親和型うつ病」とほぼ同じものを指しているでしょう。
この「新型うつ病」という言葉には、「わがままで、全く理解に苦しむ」という、上の世代からの困惑・揶揄・そして若干の軽侮が含まれています。

一方、脳科学的には、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質が不足するため、うつ病が起こるなどと説明されます。
ただ、これはいまだもって仮説でしかありません。
脳内のセロトニンやノルアドレナリンを増やす向精神薬(精神科薬物)が、うつ病に効くことが多いという現象が、その傍証であるとされますが、神経伝達物質不足がうつ病の原因なのか結果なのかを判定する根拠とはなりません。

こういった理屈はともかく、私はうつ病を次のように捉えています。
それは、「脳の燃え尽きの後、脳を守るため、フリーズした状態」。

うつ病になると、気分が低調になり、意欲低下・思考力低下・記銘力低下など起こります。
いわば”脳の機能不全”です。
この状態について、私は患者さんに対し、次のようにお伝えします。
「これはいわば”人生のイエローシグナル”が灯った状態です。
それをさらに踏み込むなら、レッドシグナルが灯ってしまいます。
レッドシグナルとはすなわち、人生において引き返せない重篤な疾患、
すなわち心臓病やガン、または重度のうつ病といったものを指します。
ここで、引き返さないと大変なことになります。
そのためには、脳と身体をしっかり休めること、それしか方法はない」

うつ病は厄介なことに、容易に慢性状態に移行します。
一旦よくなっても、さまざまな条件が揃えば、また再発してしまうのです。
下手をすると、一生付き合うことになる。
糖尿病やリウマチと似ていますね。
それゆえ、できることなら、うつ病の発症は免れたいものです。

それなら、正常な精神状態からうつ病に移行する”臨界点”はどこか。
これを物質的に裏付ける手段は、現在のところありません。

ここからは、私の自説になります。
常々多くのうつ病患者さんと触れ合ってくるなかで、次のような確信に至るようになりました。
それは、「人は八方塞がりな状況に追い込まれ”絶望”に陥ると、いともたやすく「うつ病」を発症する」。

”絶望”とは主観的な認知の問題ですから、もしこの説が正しいとすれば、誰もがうつ病になる普遍的状況は存在しないことになります。
誰かの目から見て「なんてささいな」と思うようなストレス状況でも、絶望すれば、うつ病になる。
また、死よりも過酷であろうかというような未曾有の状況に追い込まれた人でも、絶望を免れれば、うつ病にはならない。
これは、各々が持ち合わせた脳の脆弱性の問題がからんでいるのかもしれませんが、よく分りません。

そしてさらに重要なのは、絶望した”瞬間”にうつ病に転がり落ちる。
そうです、うつ病発症は瞬間的であって、何時間も、ましてや何日も何ヶ月もかかってなるものではないのです。

(この点については、”常識”的には、まったく違うとされるでしょう。
うつ病はじわじわ発症していく病気だ、と。
しかし、うつ病の当事者である患者さんがそのような認知に至るのも、うつ病自体が身体感覚をも鈍らせるからであろうと、これは私の仮説です。

発病過程を精緻に想起できる、幸いにも身体感覚を侵されずこられた一部の患者さんに対し、ことの次第を丁寧に訊き出してみると、やはり発症は瞬間的なのです。
ほんの一瞬で、脳のブレイク・ダウンが起きていたのです。

私自身、ある事柄で絶望的状況に追い込まれ、うつ病スイッチがオンになった瞬間を感知した経験があります。
まるで、奈落に落ちるような感覚でした。
この場合、一般的に用いられる抗うつ薬だけで対処したのではまずい。
それよりも、コントミンのような抗精神病薬の方が即効性があり、瞬間的な悪化を食い止められることを実感しました。
ですからもし、うつ病になった瞬間を患者さんが感知でき、すぐさま精神科医が対処できる僥倖があるなら、その場合に限り、第一選択薬は抗うつ薬ではなく、抗精神病薬のうちの何かなのだと思います)

言い換えるなら、「うつ病の急性増悪」ということになりましょうか。
かつて、中井久夫先生が「統合失調症の急性増悪時の対応は、時間を争う」旨、お話しされていましたが、それは何も統合失調症に限ったことではないのです。

精神科医は、大抵の場合、あらゆる精神疾患を慢性期に移行した状態で目にすることになるのですが、どんなものにも必ず急性増悪時があって、それに遭遇するときを絶えず想定しておかなくてはならない。
そして急性増悪時に、的確で迅速な対処ができると、その患者さんの治療予後、すなわちその後の人生の質がまるで違ってくる、ということを意識しておくべきだ。

自戒を込めて、患者さんおよび他の精神科医の方々に、このことをお伝えしたい。

”ありふれた精神疾患”うつ病から、まだまだ汲めるものはありそうです。

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