私のなかにいる”陽子” (「PTSD」<トラウマ>についての臨床相談)

2019年10月19日

<『もう悩まなくていい ~精神科医熊木徹夫の公開悩み相談~』(幻冬舎)より>

私は40歳の女性です。

最寄の市民病院で、精神科にかかっています。障害があり施設に入っていましたが、5歳の時、その施設で院長から性的虐待されました。

9歳の時、変質者にレイプ。20歳で、旦那の借金の為、売春させられていました。最後に不倫されたけれど、裁判で離婚は出来ませんでした。そうして別居していた際、実家で父親からレイプされました。行為のたび、父親はお金を置いていった。死にたくてリスカしたけど、いまも生きてます。

いま一番困っているのは、私のなかにいる陽子という人格の事です。彼女は男の人が平気。テレクラでバイトして、禁止されていた男性との接触を持ってしまいました。でも、記憶が戻ると普段の私です。自分がどうして他人とホテルにいるのかが全く解りませんでした。きっと旦那の借金の為に売春していたのと、何かの関係があるのだろうと、無理やり納得しています。

旦那とは身体の関係が持てません、記憶がなくなってしまうのです。泣き喚き、暴れて、怖いとだけ繰り返すそうです。

父親は不倫を繰り返す人だった。その父親のしわ寄せで、母親にまで殴られていました。いつもこんな感じでしたね。

14年前に旅行先で倒れたときには、「脳の海馬の部分に萎縮がある」と言われました。

もう3年近く精神科で治療を受けていますが、何も変わりません。陽子のこともよくわかりません。そのような訳で、これからが不安で仕方ありません。なにかアドバイスいただけませんか。お願いします。

 


1;感情の抑揚なく語られる壮絶な過去

これだけの壮絶な過去が、感情の抑揚なく語られていて、逆にとてもいたましいです。

性的虐待・レイプと次々災難が降りかかる中で、変わっていかざるをえなかったあなたのこころを考えると、私も胸がつぶされるような思いです。とはいえ、何かを語りださなくてはなりません。

もちろんのことながら、世の中の女性のすべてが、あなたと同質の苦しみを抱えている訳ではありません。成人にいたるまでに、痴漢に遭ったことはあっても、レイプにまでは遭っていない女性がほとんどのはずです。

しかし、あなたのように再三に渡って性的被害にさらされる女性も、一定数存在するのは事実です。私自身診察室で、あなたの人生に酷似したケースにこれまで何度も遭遇したことがあります。

なぜあなたの前に、鬼畜のような男たちが次々に現れ、あなたに毒牙をかけるのか。それはどういう男たちなのか。また、これから何に気づき何を心掛けると、これ以上傷をこじらせずに生きていけるのか。いっしょに考えてみましょう。

2;告発は難しい

あなたの相談の中で、これまで関わった男性のパーソナリティについてあまり触れられていませんが、レイプなどやらかす男には、

ある程度共通のパーソナリティが備わっているものです。

すなわち、極めて利己的で、建設的な対人関係をもつことにまったく意味を感じないどころか、あえて相手を踏みにじろうとするタイプ、または、相手の女性を心身ともに支配下におくことが快楽につながるタイプ、さらには、タブーや法を犯すとスリルを感じ、欲情するという一種の性倒錯などです。これは、あなたも納得されるのではないでしょうか。

ところで、レイプは立派な犯罪です。それゆえ、このような人物は逮捕されてしかるべきですが、実際はそうならないことが多いです。それは実証・告発が難しいことによります。

昔、東陽一監督、田中裕子主演の『ザ・レイプ』という映画がありました。これはレイプを受けた主人公が、裁判の過程で二次的に心的外傷を押し広げられていくことを訴えたシリアスな映画です。このような”二次被害”があるから、被害女性は告発に尻込みをすることになります。

また後述しますが、このような重大な被害を受けた女性は、自尊感情もいたく傷つけられるため、「どうせ私なんか…」と投げやりな状況に陥ってしまうこともあります。これも告発を妨げる要因となるでしょう)それに、あなたの場合にも当てはまりますが、もっぱら近親相姦ばかりする人物については、その行為が”家庭内の秘密ごと”として隠蔽されるきらいがあります。

3;自尊感情が瓦解すると、”隙”のコントロールができなくなる

それから、ひとつ別の角度から論じてみたいことがあります。それは、女性が男性に見せる”隙”についてです。こういう場で”隙”という言葉を出すと、ただちに抗議するフェミニストがいるかもしれません。

「レイプされるのは、女性の側に落ち度があるとでもいいたいのか」と。

まあ待ってください(笑)。

男女の仲を力関係だけで解すると、視野が狭くなります。ここでは”隙”という言葉を、女性の”弱さ””甘さ”といったネガティブなニュアンスだけにとらわれず、用いてみたいのです。

そもそも恋愛は、互いの感情の機微に触れ、より近づき、こころを通わせたいとの思いから始まります。互いの思いが流れだすためには、”隙”という思いが流れ込むための場が、あらかじめ用意されていなくてはなりません。適切な状況で、この”隙”をさりげなく示せる女性(こう限定すると、また一部のフェミニストが…)が、恋愛上手といえるかもしれません。

人は成長の過程で、この”隙”のコントロールを身につけていきます。”隙”のコントロールをするためには、自分を信頼するこころ・相手を信頼するこころ、そしてちょっぴりの遊びごころ・いたずらごころなどが必要です。すなわち、安全感・信頼感をもてる環境でなくてはなりません。

しかし子供時代に、自分を守ってくれるはずの親(あるいはその他の重要人物)から突然の理不尽な怒りをぶつけられ、死の恐怖にさらされるようなことがあったら、突然押し倒され、貞操が危機にさらされるようなことがあったら・・。

先に示した様々な”こころ”が押し流されてしまいます。

訳もわからぬまま、安全感・信頼感を根こぎにされたとき、人は無力感に襲われ、そして自尊感情が破壊されます。特にこれが幼ければ幼いほど、より深刻な後遺症を残します。

あなたの一番の不幸は、何も訳のわからない5歳という年齢で、性的虐待などという苛烈な現実に直面化させられたことでした。ここから、人生の歯車が大きく狂ってゆきます。

自尊感情の瓦解したこのような状況では、”隙”をコントロールすることなどほとんどできなくなります。すなわち、守るべき自分というものを見失い、無防備で”隙”だらけになることが多いのです。

以上のことから、あなたが度重なる性的被害を受けることになってしまった理由が説明できます。

レイプをする男は、常習者であることが多いです。これは、ひとたび覚えたタブー侵犯の快楽に味を占め、レイプを繰り返そうとする”レイプ嗜癖”とでもいえるような異常者です。こういったレイプ魔は、女性の付け込める”隙”を見つけることにかけては天才的です。

そして被害女性は、被害を受けるたびにさらに”ガード”が下がり、また被害を受けやすくなるという悪循環が作られていきます。まるで、ノーガードで打たれつづけ、棒立ちになってしまったボクサーのように。

4;生きるために必要だった“陽子”の存在

この過酷な現実に目を背けることができなくなると、人はどうなるか。

「こんなひどい目にあっているのは、私であるはずがない」と自己の現状を否認するようなこころの働きから、記憶の断絶がおこるようになります。直視できない記憶は、無意識の闇に封じ込められてしまうのです。これを「解離」と呼んでいます。

――本文章は、『隣人があなたを振り回す!(徹底相談~精神科医熊木に訊け!~)』 [Kindle版]に収録されたものの一部です。続きをお読みになりたい方は上記リンクからご購読ください(*Kindle版は電子書籍ですが、アマゾンの専用端末がなくとも、iPhoneやAndroidスマートフォンで読むことができます。詳しくはこちらをご覧ください)

熊木徹夫
あいち熊木クリニック<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>
TEL: 0561-75-5707)

<※参考>

電話の奥で殴られる彼女 < 精神科医熊木徹夫の「臨床Q&A」(7)>

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