IBS(過敏性腸症候群)とは
IBS(過敏性腸症候群)についての、精神科薬物・漢方薬の小解説|「セロクエル錠(クエチアピンフマル酸塩)で、 下痢型IBS(過敏性腸症候群)の症状が消えた」 という“ももさん”に対する回答
IBS(過敏性腸症候群)は、極度の緊張に襲われると、下痢や便秘、またはそれらが繰り返し現れるというもので、下痢型IBSは、専ら下痢症状のみが表現されるものを指します。
IBSの薬物療法では、二方向からのアプローチがあります。
一つは腸そのものに働きかける方法です。
例えば下痢型IBSの代表的な薬物として、イリボー(ラモセトロン)が挙げられます。
イリボーは同一成分(すなわちラモセトロン)の薬物で、ナゼアがあり、これは制吐剤ということになっています。
ということは、イリボーは下痢のみならず悪心・嘔吐にも効果があるということです。
イリボーは、セロトニン5-HT3受容体拮抗剤に分類されます。すなわち、セロトニンをブロックし、働かせないようにするわけですから、大雑把にいうなら、SSRIなどとは逆の方向に機能する薬物だといえます。
SSRIの副作用で非常に多く見られるものが、悪心・嘔吐・下痢ですから、なるほどということになります。(ちなみに現在のところ、イリボーは男性専用の薬物です。というのも最初の治験では、下痢型IBS女性において、イリボーはプラセボと有意差が得られなかったためだといわれています)
下痢・悪心・嘔吐に効くとなれば、私は同様の効果を有する漢方薬を思い浮かべます。
それは五苓散という方剤です。
五苓散はその他にも、めまい・頭痛・むくみ(浮腫)などに奏功します。
これは、水毒を解く利水剤として代表的な薬物です。
すなわち、体内において不必要な水を尿として排出を促すものです。
水毒と見立てた患者さんに私達漢方医がまず言うこと、それは「不必要な水分は摂らないように」ということです。
このようなことから推察できること、それは「下痢型IBSは、漢方的に捉えるなら、水毒のひとつの症状形態」ということです。
ちなみに、下痢型IBSに奏効する漢方方剤として、五苓散もありますが、一番代表的なものは、桂枝加芍薬湯や小建中湯・大建中湯などが挙げられます。
私は子供のIBS(下痢型・混合型によらず)への第一選択薬として、小建中湯を用います。
基本薬である桂枝湯の生薬中、芍薬をほぼ倍量にしたものが桂枝加芍薬湯、さらに膠飴(水飴)を付け加えたものが小建中湯となります。この膠飴は甘くて子供には飲みやすく、さらに消化管の機能を助けるとされています。
ところで、セロクエルに話を戻しますが、セロトニン5-HT2受容体拮抗作用がありますので、イリボーと類似の薬効があるといえます。それゆえ、下痢型IBSに奏効したのかもしれません。
IBSの薬物アプローチについてですが、もう一つ言い残していました。
それは、脳に働きかける方法です。
IBS症状(下痢や便秘の繰り返し)が再三起きてくると、このような症状を阻止・緩和するために身構えるようになります。これはすなわち、神経症症状の出方と酷似しており、またパニック障害などでよくいわれる「予期不安」と似た構造を持っています。
ゆえに、IBS症状およびそれに由来する予期不安に対抗するために、強迫(こだわり)症状を緩和するのに用いられる薬物を用いると良くなることが多いです。
しかし、ここで一つ問題が生じてきます。
強迫を解くためによく用いられるSSRIですが、シナプス中のセロトニンを枯渇させないようにする働きがあります。これはすなわち、先ほど触れたことですが、イリボーの薬効と逆向きです。
そこから想像されること、それは「SSRIは下痢型IBSを悪化させる」ということです。
確かに、SSRIで下痢型IBSが悪化するケースは珍しくはないのですが、現実の臨床ではややこしいことに、SSRIだけで下痢型IBSが良くなることがあるのです!
この現象をうまく説明するのはとても難しいです。
しかしあえて推測するなら、次のようになりましょうか。
ある人にとっては、SSRIがもたらす下痢促進効果よりも、強迫緩和効果の方が大きいため、結果として下痢型IBSに効くのではないか。
薬物療法においては、基本的な論理を構成することはもちろん大切なのですが、その過程でこのような”破格”なことが起きてくることもあり、そのたびに頭を悩ませます。
でも”破格”な現象は、これまでに知られていないヒントを孕んでいることが少なくない。それに気づき工夫を凝らすことは、臨床の難しさであると同時に、楽しさでもあると思うのです。
<※参考>
『トンネルに入りゆく恐怖』 (「パニック障害」についての臨床相談)
それは「拒食症」ではなくて、「嘔吐恐怖症」です ~嘔吐恐怖症、その原因と治療~
『体震わす電車運転士』 (「強迫神経症」についての臨床相談)
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