『警察が私を陥れようとする!』 (「パラノイア」についての臨床相談)
<『もう悩まなくていい ~精神科医熊木徹夫の公開悩み相談~』(幻冬舎)より>
Q:うちのおばについてご相談します。
現在58歳ですが、20年も前から、「警察が私を陥れようとする」という妄想を持っています。
それを親族がいくら否定しようとしても、あるいは説得しようとしても、決して納得せず、この妄想は変わることはありません。
理屈だてて丁寧に説明すると、一旦受け入れるのですが、再びその理屈を覆すような、へ理屈(私たちにはそうとしか思えません)をこね出し、結局は「警察が何かをたくらみ、私をつけ狙っている」という話になってしまいます。
もともと頭のいい人で、警察がらみの話でなければ、いたって普通の会話ができるため、なかなか周りの人に異常が分かってもらえません。
このところ、妄想はますますひどく、近所に警察中傷のビラをまく、裁判所に電話をかけるなど、異常行動がエスカレートしています。精神科に連れて行こうにも、本人は自意識が持てないため、決して応じてくれません。
親族はほとほと困り果てています。どうしていけばいいのでしょうか。
A:
1;“信念”の顕在化までに、相当時間がかかっている
なかなか難しい問題です。
このようなタイプの方の場合、今回のご相談もそうであるように、まず家族親族が大変困ります。
もともと頭のいい人で、警察がらみの話でなければ、いたって普通の会話ができるため、
頭もよく、普通の会話が通じる方ですから、この妄想にからむ問題を除いては、一応善悪良否もわきまえていることが多く、
自らの”信念”も誰かれとなく明かしたりはしません。その”信念”が否定されるのも、それとなく分かっているのです。
そのため、”信念”の顕在化まで、相当時間がかかっており、その内容を家族などに口にしたころには、ほぼ完全にストーリーができ上がってしまっています。
20年も前から、
ここでは“20年前から”と書かれていますが、本当はもっとずっと昔にその種は芽を吹いていたのだ、と考えるのが妥当です。
2;「パラノイア」は体系妄想が特徴的
このようなタイプは、特有の性格に起因する一種の精神障害とみなすことが多く、従来精神科では「パラノイア」(妄想症)と呼びならわしてきました。最近の診断基準では「妄想性障害」と呼んでいるものに、ほぼ合致します。
「パラノイア」では、体系妄想が特徴的です。体系妄想とは、営々とストーリーが築き上げてこられ、揺るぎなくなった妄想のことです。
これは、統合失調症などの妄想とは質的に異なります(統合失調症の場合、あちこちにさまざまな兆候をかぎとり、それに場当たり的な意味づけをしていく、感覚優位の妄想が特徴的で、これはしばしば幻覚と区別しがたいものであったりします)。
むしろ、うつ病に付随することのある心気妄想(自分はひょっとしてガンで、もう死ぬんではないかといったような妄想)・貧困妄想などの微小妄想(要するに、自分はダメだという妄想)と質が似ているというような指摘がされてきています。(このあたりの議論は、かねてからの精神医学の“難問”で、諸説紛々といったところです。まあしかし、一般の読者の方にはあまり関係のないことでしょう)
「パラノイア」の患者さんは、発症する前の性格にも、一定の傾向が見られます。他人に対する警戒心がことのほか強く、頑固、何にでも徹底した姿勢でのぞむ完璧主義者が多いようです。
もともと、何ものかに対しての強い恐れ(当初は漠然としたものでしょう)があり、それが発症要因になっているものと考えられます。
近所に警察中傷のビラをまく、裁判所に電話をかけるなど、異常行動がエスカレートしています。
誰かが私を陥れようとするというような被害妄想に発展するパターンが一般的で、警察などの”分かりやすい”権力機関がそのターゲットにされやすいのです。
妄想に基づく異常な言動は、このような”不届きな”権力機関に対してのいわば”逆襲””正義の鉄槌”といった感じです。
実際のところ、警察もこういった患者さんを捕まえるわけにゆかず、対応に苦慮しています。
3;この人は敵か、味方か
このような患者さんに対しての説得は、おおかた徒労に終わります。
理屈だてて丁寧に説明すると、一旦受け入れるのですが、
一見、理を尽くせばわかるようなそぶりを見せるので、家族は一生懸命筋道だてた説明を繰り返すことが多いですが、やはりダメです。ただ、説得が有害であるというほどのこともありません。
「あなたは異常な状態だから、病院へ行かなくてはいけない」といっても、同様に納得は得られないでしょう。「変なのは警察の方」なのですから。
仮に、家族の顔を立てて、一緒に精神科に行ってくれた(この方の場合のように、行ってくれないことのほうが多いですが)としても、出された薬をなかなか服もうとはしないものです。場合によっては、病院や精神科医は“わるもの”で、毒を盛られているかもしれない、なんて考えていたりします。
先ほど言いましたように、権力機関が私を陥れようとするのだとしたら、いわば精神科も権力機関、私に害を加えるかもしれない、そう思ってしまうこともあるのです。
そのためこういった患者さんは、初めて連れてこられた精神科でも、猜疑心を内に秘め、初見の精神科医に対し少し身構えています。いいやつか、わるいやつか、敵か味方か、見破ろうとしているのです。
ところで、このタイプの患者さんは、他人を自分の敵か味方か、白黒をハッキリつけようとする習性があります。灰色はありません。こうして他人の属性を単純化してみることで、心の安寧を得ているのでしょう。
ただ、ちょっとした一件をきっかけに、白が黒にひっくり返ってしまうことが、ままあります(治療の途中で、味方だと思っていた精神科担当医が、実は敵の回し者だったと”気づく”ことも、しばしばあります)。
4;精神科へ連れてゆくには
では、いやがるのにどうしても精神科に連れて行かなくてはならないとき、どうすればいいか。
――本文章は、『徹底相談~精神科医熊木に訊け!~』 [Kindle版]に収録されたものの一部です。続きをお読みになりたい方は上記リンクからご購読ください(*Kindle版は電子書籍ですが、アマゾンの専用端末がなくとも、iPhoneやAndroidスマートフォンで読むことができます。詳しくはこちらをご覧ください)
熊木徹夫
(あいち熊木クリニック<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>
TEL: 0561-75-5707 )
<※参考>
『自宅で暴れまわる我が子』 (「発達障害」<ADHD/アスペルガー症候群など>についての臨床相談)
重症チック症・多発性チック症(および、トゥレット症候群・どもり(吃音症)・抜毛癖(抜毛症・トリコチロマニア)・爪かみ・歯ぎしり・貧乏ゆすり)の薬物療法(漢方薬・精神科薬物)
「歯ぎしり・顎関節症」についてのQ&A・・精神科医からの見立て
夜尿症(遺尿症)・・・あいち熊木クリニックの漢方治療・精神科的治療