ADHD について

2019年10月19日

『自宅で暴れまわる我が子』(発達障害<ADHD・アスペルガー症候群など>についての臨床相談)

『もう悩まなくていい ~精神科医熊木徹夫の公開悩み相談~』(幻冬舎)より

6歳の息子のことでお尋ねします。

出産時は正常で、小さいころに大きな病気は経験していません。ただ、夜泣きがひどく、手のかかる子でした。物心ついたころからは、親に対してかなり無理な注文をして、それがかなわないと突然かんしゃくを起こすことが多くなりました。

現在、公共の場ではそれなりにおとなしいのですが、自宅に戻ると、ふすまを破り、茶碗を投げるなど暴れまわるようになってしまいました。

止めようとすればするほど、乱暴がよりエスカレートしてしまいます。私たちが困るのを、まるで面白がっているかのようです。「バカ、死ね、クソ」が口癖です。

その心労から、ついに同居している私(母)の母親が入院をしてしまいました。私も次に何が起きるか予想がつかぬため、突然動悸が起こって止まらなくなってしまいました。

知能指数は正常範囲ということです。この子はいったい何なのでしょう。私たちはどうしていけばいいのでしょう。


1.強いて診断をつけるならADHD

この子はいったい何なのでしょう。

まずこのご質問を額面通り受け取り、精神医学的観点からお答えすることにします。

大きい括りでいうなら、発達障害の一系である可能性があります。

ADHDってご存知ですか?
注意欠陥多動性障害といって、学校教育の現場でクローズアップされてきている疾患です。
最近「片付けられない女」といったような本も出ていて、これはADHDをセンセーショナルに扱ったもので、一時話題になりました。

ただ少し、この疾患のカテゴリーが広げられすぎてしまった懸念があります。
いうまでもなく、すべての「片付けられない女」がADHDだというわけではありません。それなのに、”だらしないのはしかたないのだ”と都合よく自己弁護する人が出てきたりしています。

この疾患だけでなく、精神科の診断が”免罪符”として取り扱われすぎるようになってきたのは、ちょっと考えものです。

ADHDの特徴は、一言で言うなら、注意が拡散し絶えず落ち着きがない、衝動的な言動がみられることもままあるということでしょうか。

また一方で、アスペルガー症候群という疾患もよく指摘されるようになってきました。
これは広く高機能自閉症の一亜型(近いもの、といった意味)として扱われています。

自閉症とは、コミュニケーション能力に障害があるとされ、またその障害と関連して言葉が遅れたり欠如したりするものです。興味の対象が限られ、何かに特別強いこだわりを示すことが多いです。

高機能というのは、その自閉症のなかで、知的障害の程度の軽いものを指します。

アスペルガー症候群は、自閉症に独特の、人との関係の築きにくさ・強いこだわりなどの特徴を持っていながら、知的発達・言葉の遅れがみられないものを指します

あなたのお子さんに、強いて診断をつけるなら、このADHDとなり、それにこのアスペルガー症候群あたりがからんでいるかもしれません。

ADHDとアスペルガー症候群は、同一の患者さんに併存することがよくあります。
ただし、ADHDやアスペルガー症候群であるなら、必ず暴力的・衝動的になるというわけではありません。念のため。

いずれも生まれながらの脳の機能障害があるとされるものですが、それが具体的にどういうものか、現時点では定かではありません。ただ、育て方が悪いからADHDやアスペルガー症候群になるのではない、というのが現在の精神医学の一般的な見方です。

2.程度の違いと質の違い

ところで、ここで次のような疑問がわいてきます。

これまでよく言い慣らされてきた”やんちゃ坊主”や”わんぱく”とADHDはどう違うのでしょうか

結論を先に言いますと、”やんちゃ坊主”や”わんぱく”の程度のひどいものを、ADHDと表現しているのです。

これらには明瞭な境界はなく、多分に判断者の主観によるところが大きいのです。”随分いいかげんな話だな”と思われるでしょうが、そうとしか言いようがないのです。

ただこういったことは決して珍しいことではありません。

よく”これは正常なのか、異常なのか”という問いかけがされますが、その鑑別の際に大事になるのは、それは“程度の違い”についてなのか、それとも“質の違い”についてなのかという点です。

“程度の違い”で鑑別している疾患の例として、糖尿病・高血圧症(どちらも恣意的に定められたある検査データの”異常値”を基準としている)などが挙げられます。

すなわち、正常から異常にかけて”なだらかな”階層を形作っているものです。ADHDはこちらに分類されます。

それに対し、特異的な症候を複数持つものを”症候群”としてくくりだす場合は、“質の違い”を問うているのです。
慢性関節リウマチやガンは“質の違い”を基準とした疾患です。
精神疾患なら、統合失調症・躁うつ病などがこれにあたります。(例:幻覚・妄想といった症候をとらえて統合失調症と診断する)

身体についてであれ、精神についてであれ、疾患を論じる場合、この“程度の違い”と“質の違い”について考えておくことは大変重要です。(ただし、これは疾患の種類の違いではなく、疾患というものを取り出すための方便の違いにすぎません。ちょっとこの話、難しいですか)

3.社会全体が精神医学化している!

ところで、”やんちゃ坊主”や”わんぱく”は性向を指す言葉で、”元気な男の子”といったポジティブな見方を表しています。

一方、ADHDというのはいわば”病気”であって、当然のことながら、その言葉にネガティブな響きがあります。

ADHDという言葉があまり知られていなかった10年以上前にも、度外れな”やんちゃ坊主”はいたはずですが、こういった子たちは病気だと考えられていなかったはずです。

社会が変化するにつれ、このような”あり方”は次第に許容されなくなり、精神科で扱うべき病気であるという位置づけがなされるようになってきたのです。

この流れは、何か不可解な刑事犯罪がおきるたびに社会論評の任を受けるのが、小説家から精神科医に変化していった過程と併行しています。

ひとことでいうなら、”社会全体の精神医学化”です。”社会全体の精神医学化”が進むと、社会の構成員各人の”度量”が損なわれていきます。すなわち、我慢が足りなくなっていくのです。

アメリカでは、このような度外れな”やんちゃ坊主”が保育園に現れるたびに、保育士がその親に対し、「早く精神科にかけて、『リタリン』(後述します)を処方してもらうように」と促すことが多くなってきているとのことです。

これは精神科医の私からみても、明らかに異常事態です。

子供の目の位置にまで目線を落とし、子供の立場を理解し代弁しなければならない人々が、このようになってしまうような社会環境を日本にも作ってはいけないのではないでしょうか。

そのため、“程度の違い”を根拠とする疾患の判定は、より厳密なものでなくてはなりません。私たち専門家も常に自戒が必要であるし、精神科ユーザーもこの点の理解が必要なのです。

乱暴がよりエスカレートしてしまいます。

とはいえ、あなたのお子さんぐらいにまで、問題が大きくなっているケースでは、児童専門の精神科医に診せた方がいいでしょう。

4.ADHDの薬物療法

児童精神科医は、社会的ニーズが大きくなっているのもかかわらず、慢性的に不足しています。予約してから初めて受診するまでに、数カ月もかかるというようなことがザラにあります。緊急を要する家族にとっては、頭の痛い問題です。

医療機関のような第三者の援助を受けるべき要件を、このケースは十分満たしています。(相当苦労して、この子を抱えようとした跡がうかがえますから)

精神科での治療は多岐にわたります。しかしここではとりあえず、ADHDの一般的な薬物療法についてお伝えします。(精神療法的関わりについては後述します)

衝動性のコントロールに、中枢神経刺激薬の「メチルフェニデート」(商品名「リタリン」)を使用します。
これはドーパミンという脳内の神経伝達物質の放出をうながす作用があるとされています。

これは著効を示すケースが3分の1、軽度の症状改善がみられるケースが3分の1、そして残りの3分の1が効果なしであると確かめられています

ただしこの場合の処方は、健康保険の適用ではないということ、そして仮に著効する場合でも、長期の使用で依存性が生じ、副作用として幻覚が生じたり、禁断症状が起こりうるということは知っておく必要があります。(そのため、まず使用するか否かの判断、そして使ったとしても、その使用期間と”やめぎわ”が重要になります。児童精神科医とよくご相談ください)

さらに衝動が強い場合には、強力精神安定薬の「リスペリドン」(リスパダール)や「クロルプロマジン」(コントミン)などを用いるといい場合があります。(強力精神安定薬はどちらかというと、先述のドーパミンの放出を抑える作用があるとされます。だとするとメチルフェニデートが効くことと矛盾する訳ですが、実際には、これらの薬物はドーパミン以外のもっといくつもの神経伝達物質がからんでいることが予想され、精神薬理学でもいろいろな仮説が立てられていて、まだ決定的なものは提出されていません)

向精神薬の場合、効果が確かめられたかなり後から、その薬理学的メカニズムが分かることが少なくありません。また抗躁薬の「炭酸リチウム」(リーマス)、そして抗てんかん薬の「カルバマゼピン」(テグレトール)や「バルプロ酸ナトリウム」(デパケン)を使用するといい場合もあります。

ただ繰り返しますが、これらの薬物は衝動性のコントロールにしか効果が期待できません。よって、治療においては副次的な意味しかありません。

5.“あまのじゃく性”はなかなか厄介

さて、「私たちはどうしていけばいいのでしょう」というご質問ですが、これはおそらく上記のような答えを求めてのものではないと考えられます。いや、ご質問というより、途方に暮れた末の嘆き、ひょっとすると慟哭に近いものであるかもしれません。

この子はいったい何なのでしょう。

誤解を恐れずにいえば、”うちの子は、まるでエイリアンなのではないか”との不可解の極まった思いを抱えていらっしゃるのだと思います。

――本文章は、『隣人があなたを振り回す!(徹底相談~精神科医熊木に訊け!~)』 [Kindle版]に収録されたものの一部です。続きをお読みになりたい方は上記リンクからご購読ください(*Kindle版は電子書籍ですが、アマゾンの専用端末がなくとも、iPhoneやAndroidスマートフォンで読むことができます。詳しくはこちらをご覧ください)

<※参考>

重症チック症・多発性チック症(および、トゥレット症候群・どもり(吃音症)・抜毛癖(抜毛症・トリコチロマニア)・爪かみ・歯ぎしり・貧乏ゆすり)の薬物療法(漢方薬・精神科薬物)

「歯ぎしり・顎関節症」についてのQ&A・・精神科医からの見立て

夜尿症(遺尿症)・・・あいち熊木クリニックの漢方治療・精神科的治療

熊木による書籍紹介『自閉症スペクトラムの精神病理』内海健(医学書院)


『警察が私を陥れようとする!』 (「パラノイア」についての臨床相談)

「ビルに飛行機をぶつけたの、あれは私の叔母の仕業です」