「”仮面”を被ったうつ病 ~痛みにさまよえる患者さんたち~」
あいち熊木クリニックで「痛み・漢方外来」を創始して、もうすぐ2年が経とうとしています。
これは当初、私熊木が精神科専門医でかつ漢方専門医(東洋医学会専門医)であるため、これまで集積してきた治療経験を臨床の場で役立てるべく、開設したものです。
(各所から患者さんに、そのような試みを薦められた・望まれたということもあります)
あいち熊木クリニックには5つの専門外来がありますが、痛みを治療することの重要性、そして困難さに直面するたび、苦悶呻吟し粘り強く試行錯誤を重ねてきた歴史があることから、「痛み・漢方外来」はそのなかでも核となるものの一つです。
「痛み・漢方外来」というと、漢方だけ用いて治療を行うように聞こえるかもしれませんが、精神科薬物も処方します。
効果が認められるものであれば、カテゴリーにとらわれずチャレンジしていきます。
もちろん、どのような処方でもある程度セオリーを踏まえていますし、チャレンジするといっても”石橋をたたいて渡る”ことしかしませんが。
原因不明の痛みが症状の中心となる線維筋痛症・慢性疼痛・末梢性神経障害性疼痛は、常に「痛み・漢方外来」の中心課題ではあるのですが、それ以外にも、痛みを伴う精神科疾患は実に多い。
そして、意外に知られていないのが、「うつ病」に伴う痛みについてです。
うつ病では、軽微なものから重篤なものまで含めると、ほとんどのもので痛み症状が必発します。
それも、身体のありとあらゆるところで、痛みが起こりえます。
痛みは時間的・場所的に推移していく場合もあれば、決まった場所がジクジク慢性的に痛む、というように表現される場合もあります。
みなさんにぜひ知っておいていただきたいことがあります。
それは「仮面うつ病(masked depression)」の存在です。
”仮面”というが、では何が「仮面(マスクされている)」というのか。
それは、精神症状です。
抑うつ・悲哀感情・無気力といった症状が顕在化してくることがなく、人によってはニコニコ笑っていることさえある。
俗に「微笑みうつ病」「ニコニコうつ病」などとも言われます。
ただ、様々な身体症状が表現されてくる。
不眠・食欲不振・易疲労感・めまい・肩こり、そして体のあちこちに及ぶ痛み。
見た目、うつっぽくなく、本人にもうつの自覚はない。
そこで、身体の諸症状に応じて、内科・胃腸科・耳鼻科・整形外科など身体各科に散らばって受診する。
精神科以外の身体科では、まず症状に応じた検査を行い、診断・治療を行う手はずになっていますから、あれこれ検査をしますが、どれにも異常が出てこない。
「異常が出ないということは、重い身体疾患が内在しないということだから、とりあえず安心」と思う反面、
「本当は何か体の不具合があるはずなのに、今目の前にいるドクターはそれを見いだせないだけかもしれない」という疑念も拭いきれない。
そして、「他のドクターならその不具合の大本を指摘し、治してくれるかもしれない」という思いも捨てきれない。
そのため、また別の身体科にかかることを繰り返す。
いわば、「ドクターショッピング」です。
これは、患者さんにとっても病院側にとっても、非常に不幸なことです。
患者さんは体の痛みや不快感を抱えながら、病院側に不信感を募らせる。
病院側はあちこち駆けずり回る患者さんに対して疲弊し、真剣に向き合うことが難しくなっていく。
また、身体科の「ドクターショッピング」が行われやすい重要な理由として、以下のことも無視できません。
私はこれまで多くの患者さんの痛みに関わってくるうちに、いくつか重要な気づきを得ました。
1)身体になにがしかの痛みを覚えた患者さんは、まず精神科にはやってこないこと
2)多くの患者さんは、身体各科で痛みの原因および診断名を求めて彷徨い歩くものの、結局確たる回答は得られず、途方に暮れていること
3)最終的に精神科・心療内科に行き着くことになっても、相当悩んだ末、勇気を振り絞って、”高い敷居”をまたいできているため、そのためらいがなかなか拭い去れないこと
etc.
すなわち、「精神科にだけは行きたくない」と、精神科受診に踏ん切りがつかない人があまりに多いのです。
精神科医である私ですが、その気持ち、全く理解できないわけではない。
しかしその一方で「精神科にかかれば、うまくいく場合も少なくないのに」と考えたりもします。
世間的にはあまり知られていないことですが、実は精神科薬物(向精神薬)は痛みに著効するものが少なくない。
これは抗精神病薬・抗うつ薬・感情調整薬・抗不安薬など多岐にわたります。
<精神科病院に長期間入院している患者さん(多くの向精神薬を服用している)が転んでケガをして縫わなければならないとき、麻酔薬なしでも全然痛がらない>
<またそういった方々はガンになっても痛みをほとんど感じないことがあるため、見つかったときにはかなり大きくなってしまっている>
などが、その例として挙げられます。
これらは、決していい話ではありませんが、向精神薬の鎮痛作用がかなり強力なものであることの傍証となります。
また、昔からある三環系抗うつ薬に鎮痛作用があることは有名です。
最近の抗うつ薬なら、SNRIのサインバルタ(デュロキセチン塩酸塩)やトレドミン(ミルナシプラン塩酸塩)にも鎮痛作用があります。
抗てんかん薬・感情調整薬であるガバペン(ガバペンチン)の前駆物質であるリリカ(プレガバリン)は線維筋痛症の治療薬として注目されていますが、これはガバペンの親戚であることから、双極性傷害がベースとなっている方々の痛みを解くのに好都合です。
話を「仮面うつ病」に戻します。
仮に精神症状が顕在化していなくても、実は「仮面うつ病」には抗うつ薬が効果的です。
さきほど、抗うつ薬は痛みを解くのに効果的なものが多い、といいましたが、痛みを初めとする身体症状が全面に出ているうつ病についてこれを用いた場合、他のどのような薬物よりも効果絶大です。
「いくら調べても異常が出てこない身体症状については、精神疾患の変形したものである可能性を想定すると、打開策が見いだせるかもしれない」と考えてみることは、とても重要です。
詰まるところ、「仮面うつ病」によらず疾患というものは、身体症状中心のものであれ、精神症状中心のものであれ、その”構造””成り立ち”で診る必要があります。
熊木徹夫(あいち熊木クリニック<愛知県日進市(名古屋市東隣)。心療内科・精神科・漢方外来>:TEL:0561-75-5707: https://www.dr-kumaki.net/ )
<※参考>
「痛み・漢方専門外来」(および、あいち熊木クリニックでの漢方薬治療の考え方)について
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