精神科薬物を服薬中の男性、胎児への影響は?

2019年10月19日

近頃よく、次のような質問を受けます。
それは、男性患者さんからのものです。
「今、精神科薬物を服薬中だけど、妻が妊娠することを考えたとき、自分も服薬を止めなくてもいいのでしょうか。(精神科薬物の影響が、胎児に及ばないのでしょうか)」

なるほど、心配されるわけは分かります。
しかし先に結論を申し上げると、「影響がまったくないとは言えないが、女性の精神科薬物服用者の場合と比べると、その影響は限りなく低い」。
なぜでしょうか。
その理由を、まず女性の服用者の場合から考えてみることにしましょう。

私は先に、次のような文章を物しました。
「妊婦さんや授乳期のお母さんの、理想的な精神科薬物との関わり方」
https://kimo.dr-kumaki.net/ninpu/

おおまかに言うなら、
「脂溶性薬物である精神科薬物は、油のかたまりである脳神経に影響を与えやすい。
それは胎児や乳児においても同じ。乳汁も油の固まりなので、それを介して乳児に影響を与えることもありうる。ゆえに、原則として、妊婦さんや授乳期のお母さんは、精神科薬物を服用しない方がよい」
ということになります。

母親になる女性が、仮に精神科薬物を服薬中である場合を考えてみましょう。

まず卵巣ができたときから持っている卵子は、約500個あるといわれます。
この卵子には、絶えず薬物の影響が及んでいます。
さらに重要なのは、この卵子の一つが、一つの精子に“見初められて”受精した後です。
受精卵は子宮への着床後、十月十日もの長期間、精神科薬物の暴露を受け続けるのです。

そして、赤ちゃんの誕生。
そこでやはり幾ばくかの精神科薬物を含んだ乳汁が、乳房を介して母から子へ与えられることになる。これらを見渡しても、母から子への生物学的な影響の大きさは、決して無視できないことは分かるでしょう。

ゆえに精神科薬物の服薬を要する状態で、妊婦さんや授乳期のお母さんになった女性は、本当に大変です。かなり苦しい状態でも、服薬を断ち、妊娠・授乳の経過をたどらなくてはなりません。(※もちろん、例外はあります。この女性が希死念慮にとらわれたときです。女性が死んでしまうようなことがあったら、お腹にいる赤ちゃんの健康を優先するとか何とか言っている余地はなくなります。まずは母親の心身の健康があっての母子なのですから、その場合はリスクがあっても、再度服薬していただくことになります。ただし、この案配を決めるのは、なかなか難しいことになってきます)

一方、子供の父親となる男性の場合はどうでしょう。

男性の睾丸では、絶えず精子が増精されています。
射精のたびに数億個の精子が放出されるため、そのたびに精子は睾丸内でリフレッシュされます。
ここが卵子との大きな違いです。

男性の場合、将来誕生する赤ちゃんについて、唯一影響するのは、この増精前後のわずかな時間のことです。さらには、膣内に射精された数億個の精子は、激しく競い合って、卵子の元にたどり着こうとします。この数億個のうちの選りすぐりであるたった一個の精子は、いわばエリート精子であり、もし増精前後のわずかな時間に何らかの変容を受けた精子があったとしても、おそらくはそれゆえにいち早く卵子にたどり着くことは不可能だといえ、ここに“自然淘汰”のメカニズムが働いています。
これが、安全装置として機能しているのです。

これが、男性における服薬は、比較的赤ちゃんに影響が及びにくいことの理由です。

ただ、いかなる微細な変化も起こり得ない、などというわけではありません。
最終的には、このような事情とご自分の体調を勘案して、患者さんであるあなたが、どのようにしたいか決断することが大事です。その際、こういった情報がいくらか、あなたのご判断の助けになればいいと考えます。

<※参考>

精神科薬物治療を成功に導くために、精神科医・患者双方が知っておくと良いだろうこと


ジェネリック薬に対する当院の考え方(2012.4.)

先発医薬品は「マイカー」、ジェネリック薬は「全く癖のわからぬ他人の車」

服薬して楽に過ごしていくことは<甘え>だ

身体は「神様から借りた器」

中井久夫随想~論文「薬物使用の原則と体験としての服薬」をめぐって~