摂食障害(過食症および拒食症<神経性大食症および神経性無食欲症>)治療のキモ ~ただのダイエットでは済まない、あなたのために~
1.はじめに
最近、当院・あいち熊木クリニックにおいて、摂食障害(過食症・拒食症)の患者さんが増えてきています。
もともと私熊木が、思春期精神医学の専門で、これまでにかなり多くの摂食障害の患者さんに会ってきたこともその一因だと思いますが、実際に摂食障害(過食症・拒食症)の患者さん自体も増えて(あるいは、顕在化して)きているように感じます。
摂食障害(過食症・拒食症)は、たしかになかなか治療が難しい病気です。
しかし、各々の患者さんの気質・病気の特質をつかみ、粘り強く関わっていくならば、かなりいいところまでゆける病気でもあります。実際のところ、熊木は何に意識を差し向け、摂食障害(過食症・拒食症)の治療を行っているのか、そのキモの部分を述べていきたいと思います。
2.どのようにして拒食症になるのか
摂食障害(過食症・拒食症)になるのは、ほとんどの場合、若い女性です。(まれに年配の女性もおられますが、こういった方も発症は若い頃であることが圧倒的です。また、極めて少ないですが、男性の患者さんもおります。男性の場合、比較的難治であることが多い印象です)
発症のきっかけは、ほとんどの場合、ダイエットです。(ダイエットしても、摂食障害(過食症・拒食症)にならず、そのまま大人になっていく方が圧倒的に多いのですが)
現代日本のやせ礼賛という時代の趨勢から、ダイエットというのは誰しも陥りやすいワナです(日本の若い女性は、先進国の中では、ずば抜けて痩せすぎの人が多い、というデータもあります)。
ダイエットは最初のうち、本当にカジュアルに始められます。
「同級生の女の子達もやっているから、私も…」といったような感じです。
実際に、食事を我慢し、やせていくと、回りの女の子から「かわいくなったじゃん」などと言われ、さらに自信が出てきて憧れの男子生徒に告白…などということがあれば、“痩せることの旨味”を知ってしまい、もう引き返せない、また太って昔の自分に戻るなんてイヤ、というようなことが出てきます。
そうこうするうちに、本格的な拒食症になってしまいます。
拒食症の診断基準について、挙げておきます。(細部は省略)
4項目の診断基準(DSM-IV)
- 標準体重の85%の値を維持することを拒否する
- 体重が減少しているときでも、現在の体重が増加することに対して恐怖がある
- 標準体重に満たない場合も、自分自身の体重を多すぎると感じる
- (初潮後の女性の場合)3周期以上に渡る無月経
拒食症になった患者さんは、やせて体力がほとんど無くなっているにもかかわらず、かなり活動的な方が多いです。人によっては、何の痛痒も感じないことから、病識(自分は病気だという認識)が持てないことも少なくありません。(やせている今が、ベストの状態だと思っているわけですからね)
3.拒食症の特徴
さて、拒食症のまま変化せず留まる方には、いくつか特徴があります。
1)粘り強い、こだわりも強い
思い込んだら、てこでも動かない頑固さがあります。
2)ボディイメージの障害
本当は同世代の標準偏差で、明らかにやせの領域にあるのに、また他人からも「やせすぎ」と言われるにもかかわらず、自分はまだ贅肉があるのでそれを取り除きたいなどと本気で思っている。
3)身体感覚が鈍い
体が“か細い声”で、「苦しいよう、これ以上いじめないでよう」とささやいている場合でも、それを感受することができない、あるいは意図的に無視する。自分の体は自分がどのように酷使しようと構わないと考えている。
実際、痛みなど感じにくくなり、通常なら激痛で失神しそうなほどのガンが初期の頃に見つけられず、手遅れになる場合があるくらい。
また、カロリー・体重など数字による指標のみ偏重しデジタル的思考しかできなくなるのも、身体感覚がよく分からないからに他なりません。こうなると、まるで身体というロボットを操縦しているような感覚です。
4)自尊感情が低い
「どうせ私なんか生きていてもしょうがない」という方がいます。そのような患者さんは、人生に対し投げ遣りな雰囲気を漂わせています。自暴自棄になると、自罰的になり、自傷行為に走ることもあります。
5)成熟拒否
摂食障害は、思春期に発症することが極めて多いです。第二次性徴期を迎えた女性は、からだがあまりに変わっていくので、どうしても戸惑いや不安の連続になってしまいます。通常なら、つまづきうろたえながらも、次第に大人の女性になっていくのですが、それに反し、自分の成熟過程を激しく否認する人々がおります。拒食症の女性がそれに当てはまります。彼女らは、実年齢より幼く見えることが多いです。
6)母との葛藤
幼少期からの養育環境に問題がある方が少なくありません。特に母に対して、アンビバレントな感情(大好きだけど大嫌い。母に激しく反抗する一方で、いずれは母に認めてもらいたいと思い続けているなど)を秘めている方が多い印象です。
4.過食嘔吐サイクルの完成
あまり知られていませんが、拒食症は時に死に至る怖い病気です。
拒食がゆきすぎて、摂食・摂水が全くできなくなり、栄養失調、極めてまれではありますが、餓死するケースもあります。また、胃腸など臓器の廃用性萎縮が起こりえます。体内の脂肪がほとんど吐き出されたら、聖域として安全に守られているはずの脳からも容赦なく脂肪が吐き出され(脳の構成要素のかなりの部分は、脂肪です)、脳萎縮など不可逆的病変が引き起こされる場合もあります。
拒食症が拒食症のまま推移することもありますが、一日中襲い来る食欲の嵐に耐えかねて、突如過食に転じることが少なくありません。頭は食べ物に支配された状態ですから、一度食べ出すと容易に止まりません。こうやって体重が下がっていった後、底を打って再度急増化することを、世間では“リバウンド”と呼んでいます。こうやって過食症へと変貌を遂げていくのです。
上記からも分かるように、過食症は最初から過食なわけではありません。ダイエットに強い関心を持ち、迫り来る食べ物の誘惑に抗い続けるという意味のおいては、拒食症も過食症も同じで、ただ対処行動が違ってしまったというだけです。
ひとたび過食を行う癖をつけてしまうと、みるみる太っていきます。「食べてはいけないのに、どんどん食べてしまう。食べながらボロボロ泣いている」と話してくれる人もいます。
そうこうしているうちに、ある時、あまりの過食に胃腸が耐えかねてか、吐き戻してしまいます(自然嘔吐)。突っ込んだ指が喉チンコ(口蓋垂といいます)にあたり、それで吐き戻すこともあります(誘発嘔吐)。いずれにせよ、一旦嘔吐を覚えてしまうと、“いくら食べてもすぐにリセットできる魔法”として、嘔吐が癖付いてしまいます。いくら食べても、太らず理想の体型を維持できるのですから、こんな便利なことはない。こうやって過食嘔吐サイクルが完成します。
この過食嘔吐サイクルから抜け出るのはかなり困難です。一日中、食べまくること、そして吐くことに頭が支配されてしまいます。夜、家族が寝静まった頃、コンビニで買い集めた菓子パン・スナック・揚げ物など、日頃決して食べないようにと抑圧してきたものを、一心不乱にむさぼり喰う。そしてこれ以上入らないところまでくると、一気に吐く。
この喰って吐く過程は、恍惚状態になることさえあり、ひどいと覚えていないことさえあります。しかし、吐瀉物を見て我に返ることが多く、ひどい自己嫌悪にさいなまれる。毎日がこれの繰り返しです。(恥ずかしいことゆえ、家族にさえ隠そうとしてしまう。
このような姿勢が、受診を遅らせ、慢性化させ、結果としてかなりひどい状態になってから臨床の場に現れることになるため、治療も困難なものとなります。さらにいうなら、家族もいない独り暮らしの方の場合、独りであること自体が過食嘔吐のリスクファクターだともいえます)
5.過食症の特徴
このようなことを続けていると、吐き戻すときに、利き手を口に突っ込むため、前歯が指に当たり、“はきだこ”が出来てきます。また吐き戻す際、強酸性の胃液が口まで上ってくるため、食道がだだれ逆流性食道炎に、そして歯が胃酸に侵されボロボロになっていきます。また血中電解質の異常など、体のバランスの崩れが起こってきます。平たく言うと、内臓全体に実年齢にそぐわない著しい老化が起こります。
さらにひどくなると、胃袋に食べ物が有る状態でも違和感があり、耐え難く、吐き戻してしまうようになります。これは大変なことです。
では以下に過食症の特徴を挙げます。
まず先に拒食症の特徴として挙げた6項目のうち、(1:粘り強い、こだわりも強い)以外のすべてが当てはまります。それ以外のものを7~として、以下に列記します。
7)衝動性・解離性
毎日食べて吐くという行為は、振り返って見るなら、患者さん本人にとって極めて不快な体験であります。しかし、そこに没入している時には、スリリングでまるでジェットコースターに乗っているような恍惚状態をもたらします。
日常生活でスリルを欲するタイプは、過食症になるケースが多いです。また恍惚状態は解離症状(主人格からの遊離)の一種とも取れます。そのため食べ吐きのプロセスをよく覚えていない人も少なくありません。
8)嘔吐のほかに下剤や浣腸、利尿剤の乱用(「排出型」過食症)
気づいたら、こういった薬物の依存になっているケースが少なくありません。人生も自分の身体も簡単にリセットできると思っている節があります。このように安直に薬にすがる患者さんには、精神科薬物についても大量服薬に及ぶ危険が大きく、主治医と患者さんとの間に薬に関する取り決めがキチンとなされていなくてはなりません。
9)過激な運動や絶食(「非排出型」過食症)
このタイプの方は、過食の誘惑には抗えないまでも、その後は忍耐強く体重減少に結びつくことを行っていきます。先述した「排出型」過食症に比べ、強迫性強く、忍耐強く、そして衝動性はそれほど高くありません。拒食症の精神病理と似たところがあります。
6.過食症・拒食症治療のキモ
では治療はどうしていくべきなのか。
身体の不調が自覚されているなら、まず内科や小児科などで基本の検査を行っておくべきです。そこで西洋医学的に大きな異常が見出されなければ、そこからが精神科医の出番です。
拒食症も過食症も、嗜癖(アディクション)の一種と考えられています。
嗜癖とは、平たく言うなら、“快感の伴う癖”のことです。
これ以外にも、たくさんの嗜癖があります。それらは「~依存(症)」と呼び習わされていることが多いです。アルコール依存症、薬物依存症、パチンコ依存症などです。
同じ嗜癖でも、アルコール依存症・パチンコ依存症より、拒食症・過食症の方がある意味治療が難しい。前者は「一切~をしてはいけない」と指導されますので、一切断ち切ればいいだけです。もちろん、これはこれで大変なのですが、目指すべき方向に迷いは生じません。
それに対し後者は、一切食べないなどという対処はできません(全く食べなければ死んでしまいます)。毎度の食事で“ほど良い加減に”食べることが求められるのです。これは、身体感覚が鈍くて、自然な食欲の在り方が麻痺している拒食症・過食症患者さんに取っては、とても苦しく悩ましい日常です。
おまけに、食べ物の誘惑はそこかしこにある。コンビニだって24時間開いています。このような状況で、どのような心得を旨として、どのような治療を行っていけばいいのでしょうか。
1)別のより無害な口唇的嗜癖を代償とする
「えっ!何のことだかよく分かりません」そう言う方がいると思います。
大丈夫!難しい話ではありません。
過食嘔吐というのは、口や喉という場所を食べ物や吐物が通り抜けていくことで起こる“口唇的満足”があるため、非常に止めにくいのです。
しかし同じ嗜癖でも、有害な嗜癖からより無害な嗜癖に置き換えることを目指すなら、どうにもならないほど難しくはありません。私はこれを「禁煙パイポ理論」と呼んでいます。(昔一世を風靡した禁煙パイポ、あれは有害なタバコ依存―すなわちニコチン依存―から、より無害なパイポ依存―すなわちハッカ依存―に置き換えるというソフトランディングを目指したものでした。嗜癖は有害で不合理なものだからという理由で、いきなり取っ払うというハードランディングを目指す方がいますが、そういう根性主義のような無理をかけると、人間はその反動で必ず“リバウンド”を起こすようにできています)
具体的には、過食嘔吐のかわりに、ガムを噛むことを勧めます。
ガムは公衆の面前で噛むと不真面目なものだと眉をひそめられますが、立派に精神安定作用があり、思考力も高めることが分かっています。ガムはとても有効な対策です。ただし、あまり多くガムを噛みすぎると、今度は糖分の取り込みすぎが問題になります。
他にも有効な手段があります。カラオケです。
これは実は口唇的満足を与えるものとしては最強のものです。
私の経験では、過食症の人は、カラオケ好きであることが多いです。私は彼女たちに昼に独りカラオケに行くこと勧めています。昼に行けば、安いので、経済的負担が大きくない。独りで行くのは、回りへの気遣いなど必要なく、存分に自分の好きな歌を歌いたいだけ、歌いたいように行えるからです。いうまでもないですが、歌は決してうまくなくて構いません。自分が気持ちよくなりさえすればそれでいいのです。
ただ、遊び半分に行くのではなく、真剣に打ち込んで歌に没頭するようにしなくてはなりません。それは過食嘔吐への囚われの代わりになるものでなくてはならないからです。歌を歌っている時は、過食嘔吐に向き合う情念が吹き飛んでしまう、そうでなくてはなりません。
2)漢方治療
情緒不安定が慢性的にあるとき、月経前に症状の増悪がみられるとき、水の摂りすぎで“水毒”を呈しているときなど、様々な場面で漢方処方が役立つ場合があります。身体のアンバランスさを健康な状況に向けて補正するのに大きな役目を果たします。
3)精神科薬物治療
漢方も有効であることは多いですが、過食症・拒食症については、そもそも認知の歪みが大きくなっているケースが多く、そこに働きかけるために、精神科薬物(西洋薬)が欠かせません。
衝動性・解離性については感情調整薬を、強迫性についてはSSRIなどを用います(SSRIは、食べ物で頭が支配される「思考のインフレ」(熊木の用語)を解き、思考の悪循環そのものも断ち切る役目を果たします)。
精神科薬物については副作用を怖がる方が多いのですが、慎重に慎重を重ねていくなら(例えば、当院なら一度の受診につき、原則一剤の変更、それも微細な変更しか行ないません)、大きなリスクではなくベネフィット(利益)を引き出していくことが可能であると考えています。
4)カウンセリング(精神療法)
もちろん、薬物療法はかなり有効なものではありますが、十分でない場合も少なくありません。
そうした場合、当院では精神療法(自費になります)の併用もお勧めしております。
繰り返しになりますが、過食症・拒食症の多くの人に当てはまること、それは身体感覚が鈍いこと、そして目先の体重の増減・見かけの美醜にのみ意識が向いてしまうことです。
私は彼女たちに言います。「実は、治療の最終目標は食べ吐きの終結ではない。自分のありのままを認められるようになること。“必ずしも人の役にたたなくても、とりあえず生きていてもいい”と自分を許せるようになること。これまでさんざんあなたの我が儘につきあってきてくれた身体に、生かしてもらってきた事実に気づき、感謝できるようになること。それらが果たされたとき、結果として過食症・拒食症は雲散霧消しているはずだ」
当院での治療に興味がお有りの方は、初診予約をお奨めします。
できる限りのサポートをさせていただきます。
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<※参考>
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