『電話の奥で殴られる彼女』 (<共依存関係><DV>についての臨床相談)

2019年10月19日

<『もう悩まなくていい ~精神科医熊木徹夫の公開悩み相談~』(幻冬舎)より>

初めまして。私は38歳、会社員の女性です。

先日、友人女性より深夜に「SOS」を受けました。

慌てて電話をしたところ、辛うじて通話ボタンが押された先では激しい興奮状態の怒声と彼女が殴打される音、物が破壊される音などが聞こえ、大変な状況を中継のように目の当たりにしました。

以前より、夫からの暴力に悩まされていることは知っていたのですが、この日は首を締め殺されかけるという緊急事態に達したようでした。

状況を知り、とっさに110番しようかとも迷いましたがその前に少しでも先方の状況を確認出来ればと通話を何度もトライしました。

ようやく繋がると、何とか無事が確認出来たため110番への連絡は思い止まりましたが、こういう緊急事態に瀕した時、友人として自分がどう対処すべきだったのか、今も悩んでいます。

心理学的に言えば、彼らは強度の共依存関係と思われます。彼女は何度も夫に殺されかかりながらも、別離することが出来ません。「悪いのは全て自分」と思い、ひたすら耐えています。

こんなにされてもまだ夫の事を愛しており、いつもやり直すことを試みては殴られる連続です。

典型的なDV(ドメスティックバイオレンス=家庭内暴力)と言えばそれまでですが、傷つきやすい妻に“精神科医の受診”を薦めることは、妻に対して「おまえ何を言った」という事態にもなりかねず、心配です。

「DVカウンセラー」に相談することも考えていますが爆発時には、精神科医の先生でなければ、対処出来ないのではないかとも思います。

正直「精神科医に相談する」と「カウンセラーに相談する」の判断のつけ所が分らないのです。また友人として、DVの恐怖感から判断力をなくしている友人をどう、医師やカウンセラーの元へ導けばいいのか何かアドバイスを頂ければ幸甚です。

こういうケースには「巻き込まれない方がいいよ」と言う友人もいます。

でも偶然そういうシーンに直面して、傷ついている人を目の当たりにして私はそれを見過ごすことができません。

私自身がかなりショックを受けているので、支離滅裂な文章になってしまい恐縮ですが、こういうタイミングでこのサイトを見つけたことも何かご縁なのではないかと思っています。

よろしくお願い致します。

A:
1;困っていて助けが必要なのは誰?

まず話を少し整理する必要があります。

このような入り組んだ話を取り扱う場合、次のことをはっきりさせなければなりません。

ここでは一体、誰が何に困っているのか(どうしようもなさそうなときは、まず困っていることをハッキリさせることで道が開かれます)。

それに対し、具体的にどのような助けが必要になるのか。

実際その助けをもたらすことは可能なのか。

ここでの”登場人物”は3人、夫・妻、そしてその友人であるあなたです。この、おのおのについて考えると、道筋が見えてきます。

2;暴力とは嗜癖的なもの

まず夫についてですが、この人物は妻に暴力を振るうという“他害行動”をする人物という以外、どんな人物であるか判断しきれません。

ただあなたがその妻から、絶えず夫の暴力に悩まされつづけているとの情報がありますから、

理由は分からないものの、暴力の常習者であることは明らかです。

あなたの言われるように「典型的なDV」だと思われます。

しかし彼は、ここでは”困っている人”ではないようです。とはいえもし、身近な人にでも、「俺は自分で暴力を振るうのが止められないんだ。なんとかならないだろうか」と打ち明けていたとしたら、一応”困っている人”で、協力する余地があります。

ただしこの場合でも、あくまで”自助努力”で何とかするしかないわけで、彼の承諾のもと、誰か権威のある(偉いという意味ではありません、行動を抑止する社会的権限を持つという意味です)他者に”管理”してもらうぐらいしかありません。

例えば、暴力を振るったら何らかの”罰”を加えられる、そのようなシステムに自らが組み込まれることを承認するような”契約”を、彼がその権威ある他者と結ぶということです。

ただ容易に想像できるように、このような”契約”を結び、自らの素行を改めようと努める暴力夫など、実際はほとんどおりません。

それほど社会性のある人物なら、常習的に暴力を振るい続けることはそもそもしないはずですから。

ついでにいうと、こういった人物の振るう暴力はほとんど”嗜癖(やると快感が伴いエスカレートしていくタイプの癖)”的なものですから、簡単には止むことはありません。(極端なものでは、暴力を振るうと射精するようなタイプもいます)

3;バタードウーマンに独特な困り方

次に妻についてです。

彼女は何に困っているのでしょう。殴られて痛いこと?下手すると殺されそうなこと?一見、彼女の困り具合は納得できそうですが、そう単純なものではありません。

「悪いのは全て自分」と思い、ひたすら耐えています。

このタイプの女性は、アメリカでは”バタードウーマン(殴られ女、の意)”といわれ、日本でも徐々にこの言葉が浸透してきています。

こんなにされてもまだ夫の事を愛しており、いつもやり直すことを試みては殴られる連続です。

概して「自尊感情」が低落していることが多く(幼少期、身体的・性的虐待を繰り返し受けてきているケースが多く、自らが”生きていてもよい”といった”自己肯定・容認”ができなかったり、普通に暮らしていくなかでも”安全感”が持てないというような精神の病理が重い人が多いとい印象です)、「私が悪いの」「殴られても仕方ないの」「彼はかわいそうな人なの」「私が彼を何とかしないと」などが口癖になっている人が多いです。

奇妙なのですが、このタイプの人物の”殴られ”も、”殴る”場合ほど直接的ではありませんが、”嗜癖”の一種といえます。

「殴られることが快感につながるなんて、そんな!」という方もいるでしょうが、「いずれダメな彼を私が立派にしてみせる」といった

”メシア(救世主)願望”を内に秘め、「殴られるのも、この目標を果たしきれていない私に下される当然の”罰”」などというような解釈を持つ傾向があるのです。

友人女性より深夜に「SOS」を受けました。

ですから、周りに「困った」「困った」という割には、それほど深刻味がなかったりするのです。本当に困っているなら、”殺されそう”になったとき、電話できるのであれば、あなたにではなく警察にするでしょうし、その前に逃げ出しているでしょう。

あなたのご指摘のとおり、これは<強度の共依存関係>に違いありません。この夫はこの妻なしでは生きていけないのだし、妻の側にしてもしかりです(暴力夫も幼少期に虐待を受けてきていることが多いので、お互い共感できることが多いということも、その絆を強めているかもしれません)。

この妻にしても、周りが思うような困り方をしていない(”自分自身”については困っていない!)ので、周りが助けようとしてもどこかピントはずれになってしまうことが多いでしょう。

4;”共依存関係”とは、”信仰”のようなもの

”共依存関係”は、その当事者にとり、あたかも”信仰”のようなものです。場合によっては”洗脳”されているのと変わらないような状態に、なっていることさえあります。

某新興宗教から離脱させるため、行われた脱洗脳が一時期話題になりましたが、彼らに問題のありかを自覚させるためには、これと似た専門的アプロ-チと途方もない忍耐の過程が必要になります。

実際には、当事者が「ほとほと懲りた」と言いだすのを待つしかないのではないでしょうか。そうでなければ、精神科医にせよ、DVカウンセラーにせよなす術がありません(本人が本気で相談してくるなら、精神科医でもカウンセラーでも相談者はどちらだってかまいません。ただその資格の問題より重要なのは、その問題に取り組もうとする”熱”があるかどうかでしょう。一般に考えられているより、個々の医師・カウンセラー間に、この問題に対して相当”温度差”があることは知っておくべきでしょう。メディアなどで、DVについて積極的に提言している人々なら一応確かでしょう。あと、物理的な問題を言うなら、精神科医には病棟と薬物といった”道具”を持っていますが、カウンセラーは身一つですので、そこが違うといえば違うところです。ただし、”道具”があるからといって決して万能ではありません)。

それに残念ながら、この夫は最後は警察のお世話になるしかないと思います。素行が悪くても、自戒する気持ちが持てなければ、精神科でも治療にならず、結局、法で制御するしかないからです。結局そこで彼も“懲りる”ことができるかどうかです。

5;あなたは、“偶然”このようなシーンに直面したのか

では、ひるがえって、あなたはどうでしょう?

こんな入り組んだ話を聞いてしまったばっかりに、こんな面倒なことに巻き込まれてしまった!?いや、そんなことは微塵も考えられていないはずです。

――本文章は、『隣人があなたを振り回す!(徹底相談~精神科医熊木に訊け!~)』 [Kindle版]に収録されたものの一部です。続きをお読みになりたい方は上記リンクからご購読ください。(*Kindle版は電子書籍ですが、アマゾンの専用端末がなくとも、iPhoneやAndroidスマートフォンで読むことができます。詳しくはこちらをご覧ください)

熊木徹夫
あいち熊木クリニック<愛知県日進市(名古屋市名東区隣)。心療内科・精神科・漢方外来>
TEL: 0561-75-5707)

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